第8話 再会3

「ええっとぉ、そろそろボクのことも姫様に、紹介していただけると嬉しいんですけどぉ~……なぁん、て……」


などと申し出た途中で愁陽と目が合い、少年はこの一言を口に出してしまったことを大いに後悔した。

気の毒に最後まで言い終えることが出来なかった。なぜなら、ご主人様からもの凄ーく射殺すような、もとい突き刺さるような視線が吹っ飛んできたから。


『だ・か・らっ!!!空気、読めって、言ってるだろぉぉぉがぁっ!!こんっの、バカッ!!!』


わあぁぁぁぁ!!!ヤバい、ヤバい、ヤバい!!!


主のココロの罵声が聞こえてくる。


あわわ、あわわと、キョロキョロ目は泳ぐけれど、時すでに遅し。

隠れる場所もなく。

ここはもう、笑って誤魔化すしか、ない。


少年は銀髪の猫毛をふわふわさせて、へらへらと笑いながら主人の顔を見た。

綺麗な顔が怒ると、ホント迫力あるんだよねぇ~


…あは、は、は……、はぁ~~~


少年は、せめてココロの中だけでも逃避を試みたが、誤魔化した乾いた笑いも虚しく、ため息に変わった。


…………愁陽さま、すみません。


そんな少年に救いの手を差し伸べたのは、愛麗だった。

「あら、ほんとだわ。まだご挨拶してなかったわね。遅くなってごめんなさい」

彼女は、いかにも姫らしく言うと、ふわりとやさしく微笑んだ。


「私は李愛麗りあいれい。愁陽とは幼馴染みなの、よろしくね」

そう言って、彼女はほっそりと白く滑らかな手を、少年に差し出した。


少年は、生まれて初めて見る姫君の美しい手と、愛らしい顔を交互に見ると、慌てて片膝をつき跪くと、満面の笑みで目の前の手を取った。


「愛麗様っ、お初にお目にかかります。マルです!どうぞ宜しくお願い致します!」

生まれてこの方、このような滑らかでほっそりとした綺麗な手に触れたことがない。誓いをするかのように、その甲に触れるか触れないかの口づけを落とした。


「あー、はいはい」

その瞬間、なぜか愁陽が二人の間に割って入ってきた。

マルは愁陽に愛麗の手から自分の手を剥がされるようにどけると、しっし、と手で払われた。

ん?

何か挨拶の仕方を間違えたのだろうかと、疑問に思って首を傾げたけれど、愛麗はまったく気にしていない様子だ。


「……マル?……あなた、マルっていうの?」

なぜか愛麗がにこにこと嬉しそうだ 。


「まあ!そうなのね、よろしくね」

なぜかわからないが、やけに名前に反応してくれたみたいだ。

マルは優しく言葉をかけてくれた美しい姫君に、この上なく喜びと幸せを感じた。そう、次の言葉を聞くまでは……


「ふふふ……ウチにもあなたと同じ、マルって名前の犬がいるの。名付けた方センスあるわね。お父様?それともお祖父様かしら」

マルというのは李家で飼われてる、真っ白な大型犬だ。


(……ん?犬?)

マルは目を吊り上げて、ガバッと主人のほうへと振り向いた。


そのセンスある名づけ親は、愁陽さまです!


名付け親であるわが主は、あからさまに明後日の方を向いている。白々しくっ!

ああ~、そういうことですかっ!

そうなんですねっ、愁陽さまっ!!


センスもなにも関係なく、我が主はただ、幼馴染みの飼い犬の名前をしれっと借りて付けただけなんですね?

マルの眉間に深く皺が寄り、くりっとした大きな目も糸目のように細く、ジトっと主人を睨む。


「……ったくぅ!驚きですよ、愁陽さまにはっ」

「え?愁陽?」


「………………」

「愁陽、なの?」


愛麗にも視線を向けられて、愁陽はさらに明後日の方を見ることになった。


マルがあからさまに肩を落として、はあぁ~っと呆れたため息をついた。

「ほんとに、犬だなんてあり得ないですよ。ボクは、ですよっ」

愁陽を睨みつつ、少年が不機嫌な声できっぱりと言った。


「……え?…オ、オオカミ?」

愛麗は愁陽からマルへ視線を移すと、大きな目を一層大きく見開きパチパチさせた。どう見ても、可愛い少年に見える。


「マルって、オオカミなの?」

「そぉ~なんだっ、愛麗!」

ここぞとばかりに愁陽が、両手を広げて明るく笑顔で割って入る。

「信じられないかも知れないが、こいつオオカミなんだ。今は、仮の姿で人間の格好をしているけれど。ほら、昔から狐や狸が人に化けるっていうだろ?そんな感じ」

「そんな感じ…じゃないですよ!」

「へえ~、そうなのね!」

愛麗は納得したとばかりに、パチンと手を合わせた。

「って、愛麗さまもサラリと納得しないでください!もうっ愁陽様も、そんな適当に言わないでくださいよ!!……んったく、もおぉぉぉ~~~!こう見えても、ボクは山神の使いを務める一族なんですからねっ!狐や狸なんかと一緒にしないで下さい!心外です、まったく。そこ、軽く流すとこじゃないですからねっ」


マルはすごい勢いで言うと、すっかり不貞腐れて横を向いて口を尖らせた。

けれど、そうやってマルがプリプリ怒っている姿は、どう見ても子犬がキャンキャン吠えているようにしか見えない。愛麗にはマルが可愛く見えて仕方がなかった。


愁陽はそんなマルに、悪かったよ、と宥めながら補足する。

「コイツの育った山には山の神がいて、その山の神の使いをしているのが、コイツの一族らしい。三年程前、コイツがまだ赤ん坊だった頃、川で流されて溺れているのを見つけて、助けてやったんだ。」


マルは透き通るような蜂蜜色の瞳をキラキラさせて、得意げに胸を張ると右手の拳を胸にあてて言った。

「以来、ボクは愁陽さまに忠誠を誓い、お側に仕え、その身をお守りしようとココロに決めたのです!……なのにぃ~。愁陽さまったら、ボクにこんな、!みたいな名前つけてぇ」


マルは恨めし気に主人を見遣ると、愁陽は真面目な表情で言った。

「マル。犬ではなくての名だ」

「もお!愁陽様なんて知らないですぅ!」

マルはぷうっと頬を膨らませて後ろを向くと、背中に細く束ねて垂らした銀髪がぶんっと大きく揺れた。まるで犬が尻尾振ってるみたいだ、と愛麗は笑いそうになるのを堪える。


「ふふ…、大丈夫よ、マル。可愛いあなたにぴったりよ」

「そ、そうですかぁ?」

綺麗な姫君に可愛いと言われると、まんざらでもない。

まあ、どちらかと言えば、ボクも男だし可愛いよりかっこいいと言われたほうが嬉しいけれど。

でも、愛麗にそう言ってもらえたなら良し!かな。


愁陽が、そうそう、と付け加える。

「それに、李家のマルも人懐っこくて、なかなかの名犬だぞ」

「………………愁陽さまは、それ以上何も言わないでください」

ぷうっと頬をふくらませるマルを見て、愛麗も堪えきれず可笑しそうに吹き出して笑った。


そんな彼女の様子を愁陽は目を細め、あたたかい眼差しで見る。

やっぱり愛麗は愛麗のままだ。

愁陽も、やさしい笑みを浮かべた。

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