第3話 愛麗の夢
“青い空 光に満ちて
吹く風は やさしく過ぎる
白い羽 この背に抱いて
飛び立とう 遙かなる
……………。
……………………。
あぁ……、
懐かしい、歌……
子供のころ、……よく歌っていた、
……彼と、……いっしょに…
十六歳になった愛麗は、幼い頃の夢を見ていた。
大好きなこの歌をよく歌っていた幼いあの頃は、いつも隣りには彼がいた。
この国の王の息子で、第一後継者。名は愁陽。
色白で、女の子と見まがうほどに可愛らしく、人形のように整った顔。
こっそり出掛けた街では、よく女の子と間違えられていたが、とても利発そうな
ただ無邪気に幼かったあの頃は、身分や後継者など、難しいことはよく解かっていなかった。
ただ、お互い気の合う大好きな幼馴染み。
気が付けば、時間が許す限りいつも一緒にいたし、それが二人にとっても自然なことだった。
お互い成長して大人になっても、当然、ずっと一緒にいられると思っていた。
夢の中で、幼い愛麗はとても無邪気に楽しそうに笑っていた。
そこには、若草に混ざって色とりどりの花が咲いている。
ここは幼い二人のお気に入りの
大人たちには内緒の秘密の場所。
二人はお日さまの匂いがする草の上に大の字に寝転んで、全身に陽の光をいっぱいに浴びて、その小さな体中めいっぱいにお日さまを感じていた。
見上げた青い空の中を、ゆったりと白い雲が二つ流れていく。
遠くのほうで、二羽の雲雀が楽しそうに鳴いているのが聞こえる。
「あっ!!」
突然、愛麗が何か名案を思い付いたと言わんばかりに可愛らしい元気な声をあげた。
驚いて愁陽が隣の愛麗のほうを向くと、ぱあぁぁっと
そして、とても楽しいことを思いついたかのように、弾んだ声で言った。
「ねえ!しゅうよう!」
「えっ?な、なに?」
「わたし、きめたわっ」
「きめたって、なにを?」
なんか、嫌な予感がする。
「わたし、あのそらになるわ!」
「……は?」
彼女は何を言ってるのだろう。
ちょっと愁陽は理解に悩む。
「おおきくなったら、あのそらになりたい!」
「…………えっとぉ……」
前から、変わってる姫だとは思ってたけど……。
空、……って。
愁陽は、返答に困った。
それは無理だよ?と真面目に教えてあげるべきなのか、
そうか!頑張れ!と、とりあえず応援すべき、なのか、な?
愁陽は綺麗な眉を寄せて、幼いなりに真剣に考える。
大人になったら空になるって、なれないだろーって、それぐらい愛麗もわかるよね?
まず、人間が成長しても大自然にはなれないし、そもそも空は生き物ではないから、次元ちがいすぎるよねっ。いや、待って。もしかしたら、愛麗ならそんなこともあるのかも!?
え?あるのかな!?
愛麗はふたたびにこにこ笑って、ご機嫌に青空を見上げている。そんな隣りに寝ころぶ愛麗の横顔を見ると、彼女は濡れたようにきらめく大きな黒い瞳をキラキラと輝かせていた。
いやいやいや……えええ!?
愛麗、マジなの⁉
そんな嬉しそうな愛麗の横顔を見ていると、愁陽は否定する気になれなかった。
いったい、どう返答したらよいのか愁陽が考えを巡らせていると、ぶんっと勢いよく愛麗が振り向いた。突然すぎて、驚いた愁陽の目が丸くなる。愛麗が急に大きな目で振り向くと、ちょっと怖いから。
「だってね!そらはとおくのしらないまちや、ひろいくさはら、うみやさばくというもの、わたしが、まだみたことのないけしきを、たっくさん知ってるのよ」
「う、……うん、そうだね」
あぁ、そっかぁ……
なんて答えればいいんだろうって悩んでたけど、そんなの彼女には必要なかった。
なぜなら彼女は、
愁陽がこのとき、そんなことを思っていたなどと彼女は知らないけれど、愛麗はその小さな手をグンっとどこまでも高い空へと精一杯伸ばして、広げた小さい指の隙間から透ける青い空を覗いた。
「それにね!そらは、どこまでもあおくて、ふかくて
そう言って、愁陽に向けられた少女の微笑みは、なぜか不思議と泣いてるようにもそのときは思えて、でも、とても眩しくて、そして、とても綺麗だと、愁陽は一瞬呼吸をするのも忘れて彼女の笑顔に釘付けになった。
その瞬間、見慣れていたはずの幼馴染みの笑顔が、突然、彼の中でとても特別なものに変わった。
愁陽は慌てて愛麗から空のほうへ顔を向けた。きっと、赤く染まってるに違いない頬を愛麗に気付かれないように。
青い空を白い雲が変わらずゆったりと流れていく。
やさしい春の風に頬を撫でられるとひやっとして心地よかった。
以前から、姫らしくない変わった姫だとは思っていたけれど……
やっぱり、すごく変わってる。
だけど……
今はそんな姫が、なんだかとても可愛いと思った。
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