第2話 帰還

透けるように青く澄み渡る空は、どこまでも突き抜けるように高い。

広がってゆくずっとその先は、はるか遠く地平線のかなたへと続き、やがて天と地の境目が混じり合って白く溶ける。


まだ若い草原くさはらはたっぷりと春の風を含んで、さわさわと大きく波打っている。まるで海のようだ。

大きく波打つ緑の波間を風を切り、馬で駆け抜ける人陰が二つ。


少し先を駆ける青年の名は、愁陽しゅうよう

青年というには、まだ少し少年の面影が残り、涼しげで端正な顔立ちをしている。

力強くドッドッドッ、と音を立てて駆け抜ける青毛の愛馬に跨り、肩から羽織った鮮やかな蒼の外套マントの裾が大きく翻る。

その下には黒い鎧が見える。

さらさらと風に靡く黒い髪と、まっすぐ正面を見据える瑠璃色の瞳。額には、瞳の色に似た蒼い宝石いしをあしらった額飾りをしている。


それに付き従うように、愁陽より少し遅れて駆ける栗毛の馬には少年が続く。

まだ齢は十を過ぎたくらいだろうか。

ふわふわと風に靡くくせっ毛の柔らかな銀髪と、蜂蜜色で少し吊り上がり気味のまるい大きな瞳が印象的だ。つるりと茶色いなめし革で作られた簡易的な鎧と麻色の半袖シャツが、彼の元気で明るい性格によく似合っていた。

その姿は人懐っこい子犬を連想させる。


いま、二人が目指すのは、大陸にいくつも存在し互いがせめぎ合う小国の中で、最近力をつけてきたそうの都。愁陽の故郷だ。そこは華やかな交易と文化で発展している。


先ほどまで、まるで何かの土塊のように霞んで見えていた城壁も、今はそれとはっきりわかるまでに近づいていた。

色鮮やかな鳶色の城門も、その上にはためく鮮やかな群青色の旗も、今でははっきりと見てとれる。そこは、何も変わっていない。愁陽が門を出て行ったあの頃のままだ。まだ十二歳だった。隣には剣の師匠である将軍の一人が並び、兵士たちが列をなして、街の者達に見送られながら門をくぐって出て行った。

あれからもう四年が過ぎた……

もちろん隣にいた師匠も無事で今回生還するのだが、彼らはあとから兵士たちとともに隊をなして還ってくる。


愁陽は、凛としたまなざしで、懐かしい城門を目指す。

あぁ…ようやく、だな。

懐かしい見慣れた故郷の城門が見えて、ようやくここまで帰ってきたのだと自覚する。


陽射しは春らしく若葉も青々しく香るけれど、馬で駆ける頬を打つ風はまださすがに冷たい。けれど高揚してるからか、今はひんやりとして気持ちいい。

彼女と最後に会ったあの日から、何度目の春だろうか。

やっと……、君に会える。


愁陽は、城壁の向こう側にいる幼馴染みの姫を思い出していた。

遠い地にいても、思い出さない日はなかったかもしれない。

彼女は、元気にしているだろうか。

何度も文を出そうかとも思い、実際何度か書いてみたのだが、ただの幼馴染みというのにまるで恋文のようだと思われないだろうか、恋人でもないのにと呆れられないだろうか……などと色々と考えてしまい、結局出すまでに至らなかった。


愁陽は長い間故郷を離れ、いくさのため遠い地に赴いていた。愁陽の父は、この国の王のであり、愁陽はその後継者になる。国で政を行う父王に代わり、将軍として戦地に向かうと兵士達とともに戦い、また新たに加わった領土には自分が残り新しい政が軌道にのるまで補佐したり、次期統治者として見聞を広めるためにと父王の考えもあって、随分長い間、各地を旅して故郷を離れていた。


十二歳のときに大将軍と呼ばれる者達と都を離れて、今は十六歳になった。

遠い北の辺境の地での長きに渡った戦がようやく終結し、このたび愁陽も兵士たちとともに故郷に帰還することになったのだ。

つい先程までみなと一緒だったのだが、はやる気持ちを抑えられず、先に帰還し父王に報告をするという名目で、あとは信頼できる将軍に任せて、自分たち二人は先に馬を走らせ帰還してきたのだ。戦勝をいくつかあげたのだから、これくらいの我が儘はいいだろう。

老将たちは、若いのぉ~仕方がない、ふぁ、ふぁ、ふぁと笑って許してくれた。


懐かしい草の匂いと、まだ少し冷たいけれど優しい風を頬に感じながら、ふと愁陽は青い空を見上げた。

幼い頃もこうして空を見ていた。幼馴染みの姫と二人で。

どこかから、雲雀の鳴く声が聞こえる。

まるで、あの頃のようだ……

ふと、そんなことを思い出しながら、愁陽は故郷の城門を目指した。

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