空の王と風の姫-風の言葉(ことのは)-

夕浪 碧桜

第1話 プロローグ ー闇ー

そこにあるのは重たい漆黒の闇

どこまでも暗く、深く、天も底もない

ねっとりと全身を包んで纏わりついてくる。


白く小さな点が、闇の中にぼうっと生まれ出たそれは、

右に、左に、上に、下に……不安定にこちらを弄ぶように浮かんでいる。


いつそこに生まれたのか、どのくらいそこにあったのか

徐々に白い点は青白く膨らみ

それは闇に浮かび上がる人の顔らしきものとなる


その輪郭はとても曖昧で、不気味に白く光り、

ぼやけていてよくわからないが、まるで青白い炎のようだ


膨張と縮小を繰り返し、やがて輪郭が浮かび上がったとき―

それは細面の女の顔を形作っていた。


青白く光る顔の中で、ただ薄く開かれた唇だけがやけに紅く

まるで何かを喰らおうとするかのように、ぬるりと不気味に弧を描いている。


女は挑戦するようにと喉を鳴らし嗤っていた。

その青白い顔は変わらず上下左右にゆらゆらと動き、膨張と縮小を繰り返し続ける。まるで嘲り嗤うかのごとく。


やがて薄く真っ赤な唇が、ゆっくりと開かれた。

人間ひととは、なんと愚かなものよ……。その表情かおに、やさしい笑みを見せながら、裏側では、もう一人の自分が邪悪な笑みを浮かべている―』


声の主は、女のものだろうか……。

だが、じつは声のように思えるそれは本当のところ声ではないのか

声のように聞こえる音なのか、それとも音すら持たないものなのか

耳に確かに届いているものなのか、届いてはいないものなのか

それすら定かではない

闇に絡みながら溢れるように広がって響いていくそれは、脳内にまるでねじ込まれるように浸透してゆく


『……自分の奥底深く秘めた影の囁きに、時折支配されそうになりながら、うごめくく影に怯え、雑踏の中なんでも無いように自らを装い生きている。もし人間ひとは、もう一人の秘める自分に出会ったとき、それが認めたくない、己の姿であったなら、どうするのだろう……』


まるでと地を這う蛇のように、地響きのように低くもあり、金切り声のように甲高くにも聞こえ、声に似た何かが交錯して闇にドロリと絡みつく。


闇と思えるのは人間ひとのココロの中なのだろうか

言葉が、感情が、うるさいくらい脳内に絡みつき渦巻き始める。


ここは、冷たい。寒い。息が、苦しい。

ひどく苛立つ。

そして、……とても寂しい。


それらの感情は白く浮かび上がる女のものなのか?

それともこの闇を生み出している人間のココロなのか。

女はと変わらず笑いながら続ける。


『そう……、それが…、恐ろしい闇であったなら……』


『……お前なら、どうする?』


青白い顔が、ぬるりと動きを止めた。

あたりは静寂の闇に包まれる。

眼の前の、捉えた獲物を凝視するかのように微動だにせず、そして嗤って言った。


『ねえ、……愛麗?』

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