第6話

俺達はからから亭に着いた。

相変わらずこの店はいつも大盛況だ。

何とか2人分の席を確保して、メニューを見る。メニューも昔とほぼ変わってないな。

朱凛は向かいの席に座りキョロキョロとあたりを見回している。

「朱凛どうした?珍しいのか?」

「うん!だってね、この世界に来てからこんなにたくさんの人を間近で見る機会なんてなかったから!

みんな普通だねー!異世界ってもっと変わった人達が多いのかと思ってたよ!」

無邪気な朱凛を見てると本当和む。「朱凛!今日は何でも好きな物食べていいからな!」

すると朱凛は嬉しそうな顔で、「やったー!食べ放題だー!」

満面の笑みで、俺がビックリするくらいに、たくさんのメニューを頼んだ。「おいおい!そんなに食べれるのか?お腹痛くなるぞ!」

次々と運ばれる料理を片っ端から手をつけ皿を綺麗にしていく朱凛に声を掛けた。

「大丈夫だよー!私のお腹は無限なのだー!」などと訳の分からない事を言って澄ました顔でまた食べ始める。

どうやら本当に無限のようだ。

放っておく事に決め、自分も食べようと箸に手をつけたところで、声が掛けられた。

「あれ?シンクさん?

シンクさんですよね?

俺リュークです!覚えてますか?」

案外早く出会ったな。

この国に来た時から、いずれはこの国の七騎士に遭遇すると思っていた。

魔法大国ルノアールには、国王ゼノスの精鋭部隊七騎士がいる。

ルノアールの七騎士と言えば、この世界では相当名が売れている。

過去、戦争で何万人と言う数の他国の兵士を七騎士の7人だけで倒した逸話がある。

その中でも、彼リュークは圧倒的な実力を持つリーダー的存在だ。

見た目は細身で女性のような綺麗な白い肌。そして引き込まれる紫がかった濃い群青の瞳。

サラサラと流れるグレーの男にしては少し長めの髪が頬にかかり、それがまたリュークの魅力を際立させている。

女性ファンが多いのも頷けるな。

魔法の技術も飛び抜けていて、術を発動させるまでの速さはピカイチだ。

しかも、魔法だけではなく、こんな細い体のどこにあんなパワーがあるのかと思うくらいの大剣使いで、剣術も達者だ。

それにしても変わらないな。

あれからかなり経つのに、まるで昨日別れたような気さくな態度。

「ああ、勿論覚えてるよ。久しぶりだな。」

かつては、かなり親しげな仲だった事もあり、リュークは俺にとって数少ない気楽な相手だった。

そしてふとリュークの後ろを見てドキッとした。黒炎も一緒か。

嫌な男に会った。

いつもの黒い全身を包むピッタリとした皮のマント。

同じ素材のターバンを太めに巻いていて、口元まで覆っている。

その為顔もほぼ見えないが、ギラギラと鋭い眼光が光っている。

明らかに異様な出立ちだ。

リュークは後ろの黒炎にお前も挨拶しろとばかりに目配せする。

黒炎は興味なさそうな顔で俺の方をチラッと見て「どうも。」と一言低い声で呟いた。

周りの視線が黒炎に集中している。

理由は簡単。

黒炎の声には力がある。

声に魔力が込められていて、普段の日常会話であっても、あいつの意思関係なしに声を発すると微力の魔力が漏れ出し人を惹きつけるのだ。

それ故に黒炎は余程の事がない限り、普段はほぼ声を出さない。

「なんだよー!黒炎!そんな小さい声で!あ、そうか!ここで大きい声はマズイか!」

やっとリュークは、周りの視線が黒炎に集中している事に気がついた。

そして、去り際だと思ったのか、

「すみませんシンクさん!

今日は黒炎と極秘の任務で来てるのでまた次回ゆっくり話しましょう!

国王にお会いになりますよね?

では、そのうち城でお会いしましょう!」と一礼して去って行った。

去り際に黒炎が俺だけに聞こえるリミットボイスを発動してきた。

リミットボイスは魔法の一種で、誰か個人を指定してその人だけに聞こえるテレパシーのような声だ。

これだと、声を発してもあいつの魔力は込められない。

それ故に普段はあまり話せないあいつの唯一気軽に話せるコミュニケーションツールだった。

「シンク。久々だな。

お前がここにいるって事は、使命がまた始まったんだな。

なら今後顔を合わせる機会も多くなるだろう。けど忘れるな。

俺は絶対にお前のあの時の選択を許さない。俺がいる限り次は絶対にあんな選択させないからな。

あ、そういや、お前の向かいに座ってた女の子。

おれが今回の使命の為の来訪者だろ。今度の来訪者はマリアとは大違いだな。」

そして頭に響いていた声は唐突に消えた。

何だよ。最後の言葉はいらないだろ!本当に嫌な奴にあった。

まぁでもこれも運命なのかな。

黒炎は七騎士の1人だが、かつて俺の親友だった男だ。

俺と、黒炎と、白水。

3人は幼馴染で子供の頃はいつも一緒にいた。

まだ俺が普通の感覚を持ってた頃。

このまま当たり前にみんなで大人にならと信じていた時。

懐かしいな。

と、回想に耽っていたら

「もーシンク!!さっきから私の存在は無視??

さっきシンクが話してた人達も私には一切何も言わないし、シンクも私を紹介してくれないし。

寂しかったんだよ!!」

さっきまで目を輝かせ楽しそうに食事をしていた朱凛。

なのに今は泣きそうな顔をしている。失敗した。

すっかり朱凛の事をほったらかしにしてしまった。

あいつらも、俺に気を遣ってわざと声を掛けなかったんだろう。

忘れてた訳じゃない。

けど、あいつらに何て朱凛を紹介していいかわからなかった。

どうする?

何か言わないと。

あーー!面倒くさい!

考えるのをやめた。

元々考え込むのは性に合わない。

そう思って俺はおもむろに立ち上がり朱凛のそばまで行って頭を撫でた。

「ごめん朱凛。

あいつらにお前を紹介出来なくて。

けど俺はお前の存在を忘れてた訳じゃない。これからはちゃんと紹介してやるからな!」

「シンクーー。ありがとう!

私、自分の存在が無いものとされるのはすごく悲しくなっちゃうの。

多分、過去が関係してるんだと思う。だから、シンクが私の存在忘れてないって言ってくれて安心したよ!

安心したらまたお腹空いてきた!

よーしまた注文して食べまくるぞー!」

照れ隠しなのか、朱凛は少し早口になってメニューで顔を隠した。

「え??まだ食べれるのかよ!本当朱凛のお腹は無限だな!」

そう言うと、朱凛はメニューから顔を覗かせ2人で顔を見合わせて笑いあった。

俺には、これからやらなくてはいけない事がたくさんある。

今日のように朱凛を不安にさせる事がまたあるかもしれない。

けど、俺はその都度、朱凛の頭を撫でて出来る限りの言葉を伝え、こうやって2人で笑って乗り越えていこう。

そう強く思った。

あいつらに会った以上、国王に会いに行かなくてはな。

あまり気は進まないが、明日は城に顔を出すか。

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