第134話・サレン・バックマイヤー⑦

 それから、オヤジの演説がしばらく続いた。みんな仲良く、であるとか、人にやさしく、であるとか、毒にも薬にもならぬような話だったのを覚えている。


 演説の途中、壁にもたれて座るレインとその隣のサレンの方をちらちらと振り返る視線が幾つかあったが、レインはそれに頑として無視を決め込んだ。


 演説が終わり、オヤジは消灯の時間だと告げ、子供らを自分の部屋へ戻る様に促す。レインもかったるそうに立ち上がり、自分の部屋へ向かおうとした。


「おっと、レイン。ちょっと待ってくれ」


 その後ろ姿にオヤジの声が掛かる。レインは彼の方へ振り返り、答えた。


「はい?」

「確か、レインの部屋のベッドは幾つか空きがあったよな?」

「空きも何も、俺しかいませんけど」

 

 最年長のレインは、一つの部屋を自分一人で使う事を認められている。これもちょつとした、ここの施設の伝統だった。部屋を丸々一つ、自分一人だけで使えるので、広いスペースで少し贅沢が出来る。


「そうかそうか。なら丁度良かった」


 オヤジは人の好い笑みを浮かべながら言う。レインは少し嫌な予感がした。


 オヤジはボーっと突っ立っていたサレンの方に手招きをし、彼女を自身の隣の方へ呼び寄せた。


「彼女、まだ部屋が決まっていなくてな。それまでは、レインの部屋で寝てもらう事にしたいんだが」

「冗談でしょう?」


 レインが食い気味に言い、オヤジが目を丸くする。


「……本気だったんだが」

「冗談じゃない。第一、女子と男子は別々の部屋に分けるもんでしょう?」

「そうは言ってもなぁ」


 腕を組み、首を傾げるオヤジの少し後方で、その後ろ姿を指差しながら笑う数人の女児が目に入った。


 あぁ、そういう事か、とレインは思う。元々あの連中の部屋に映される予定だったのが、余っていたベッドの脚を削るか何かして、使えないから来てもらっても困る、という事にしたのだろう。それぐらいはやりそうな連中だ。


 レインは大きく溜息を付き、言う。


「はぁ、そうですか」

「うん? どうした、レイン?」

「いいですよ、分かりました。今日一日くらいならいいです」


 オヤジの顔が喜びに歪み、レインの背中を叩きながら言った。


「そうかそうか! レインはいい奴だ! なら、宜しく頼むぞ!」

「何を頼まれたのか知りませんけど、空いてるベッドで眠るだけなんでしょう?」

「あぁ、それでいい! じゃあ、お休みだ!」


 到底これから寝るとは思えない様な大声とテンションを振りまき、オヤジは自分の部屋へ戻っていく。レインは、俯き加減で手をもじもじさせながら突っ立っているサレンを一瞥し、踵を返して自分の部屋へ向かった。


「……おい」


 少し歩いた先で振り返り、サレンに声を掛ける。足音が着いて来ないと思ったら、案の定、彼女は同じ場所で立ち尽くしていた。


「は、はい!」


 サレンの上擦った声が、施設の廊下に響く。


「俺の部屋、こっちだから」


 レインは廊下の奥の扉を指差して言う。サレンはその場から動かない。


「何してる? 早く来いよ」


 少々煩わし気に言うと、サレンは小さく身体を震わせ、先程と同じ声で返す。


「はっ、はい!」


 彼女が小走りで付いてきたのを見て、レインは改めて自分の部屋へ向かった。


 

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