第135話・サレン・バックマイヤー⑧
自分の部屋に戻ったレインは、開けた扉を押さえてサレンを招き入れた後、自身が寝るのに使っている二段ベッドの下段へ転がり込み、頭に手をやって、目を閉じた。
今日はいつにも増して眠かったので、さっさと眠りたかったのだ。
「あ、あの……」
その時、サレンの蚊の鳴くような声がした。電気すら付けるのが億劫だったので、部屋は薄暗い。時折窓から入って来る車のヘッドライトの明かりでパッと部屋が明るくなる程度だった。
「うん? どした?」
レインは体勢も変えず、目も閉じたまま応じた。少しの間があった後、サレンの声が再び聞こえた。
「私は、何処で寝ればいいんでしょう?」
「はい?」
レインは思わず目を開け、サレンの方へ視線をやる。レインの部屋には、二段ベッドが二つ、左右の端に置かれていて、レインが使っているベッドは左の下段。そこを抜いても、三つの空きベッドがある。寝る場所には困らないはずだ。
にも拘らず、彼の予想の斜め上を行く質問が飛んで来たので、レインをそろそろと飲み込もうとしていた眠気の波はサッと引いて行ったのだった。
「空きベッドがいっぱいあるだろ? 好きなところで寝てくれ」
「分かりました、じゃあ――」
サレンはくるりと右側のベッドへ向き直り、そこの下段ベッドに潜り込む。レインは一度深く息を吸い、そして眠りに就いた。
が、何か胸騒ぎがして、暫く眠れずにいた。ベッドの上で右を向いたり左を向いたり、はたまた胸を下にして眠ってみたが、どうにも睡魔が襲ってこない。
身体を仰向けに戻し、一つ溜息を付いた。それからふと右を見ると、奥のベッドでサレンが眠っているのが見えた。
いや、眠っているのではなく、どうやら小さく震えているようだ。
「どうした?」
上体を起こしながら、レインがサレンに言った。彼女はベッドの上で、シーツに包まりながら、レインの方へ顔を向ける。
「寒い……」
「あぁ、なるほど」
施設の空調は、管理人のオヤジによって全館管理されている。ただ、体躯のせいかあまり寒さを感じないらしいオヤジは、施設のエアコンの温度を通常より低い設定にしたがるせいで、施設の女児何人からか不評を買っているのだった。
サレンもあまり寒さには強くない体質の少女だったのだろう。そう言う時の為に、女児の部屋にはブランケットや防寒具が備え付けられているのだが、生憎レインの部屋には無い。
「さて、どうしたもんか」
レインはベッドから起き出して、自身のベッドの脚元に置いた、衣装用の箪笥の一段を引き出した。そこには、冬や秋に着るトレーナーやパーカーの類が入っている。一番上にあった、灰色のパーカーを手に取り、ファスナーを開けて、ベッドの上で震えるサレンの上へ掛けた。
「これで少しはマシになったか?」
レインが言うと、サレンは丸まったまま小さく頷く。
「そうか。もしまた寒くなってきたら、ちゃんと言えよ? オヤジに設定温度上げてもらうから」
それだけ言って、レインは自分のベッドの方へ戻り、そして眠った。
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