第133話・サレン・バックマイヤー⑥
「うーん、今は、苗字の方は言わなかったんじゃないかな?」
要らん事言うな、とレインは心の中でオヤジを罵った。
悪意の見えない顔でそう言ったオヤジには、本当に悪意が無いのだ。彼は決して悪い人間では無い。むしろ、レインが今まで、というのは今現在ナギの世話役として過ごしている今まで、という事だが、つまり彼の生涯の中でオヤジ程心の澄んだ人間は居なかった。
ただ、純粋で人の事を信用しすぎるあまり、人の悪意というモノを理解していないきらいがある。
彼の先の発言も、彼自身にとっては事実を述べただけに過ぎない。が、その場に集まっている子供らからすれば、オヤジのそれは燃料投下に他ならなかった。
「そうだ! 言って無いぞ!」
「オヤジ~? 私聞こえなかった~」
「名前だけしか無いの~?」
またガヤが騒がしくなる。レインは苛立たし気に顔を横に振り、言った。
「さっきオヤジがフルネーム言ったろ。サレン・バックマイヤーって。んで、その子はサレンだって名乗った。それでいいだろうが。それとも、こん中に苗字で呼びたい物好きでも居んのか?」
レインがまた声を上げ、子供らの視線が再び彼に集まる。先程の困惑した様な視線と違い、明らかに非難の色が混じっていた。
(あ~あ、やだやだ)
レインは舌を鳴らしながら、そう思う。彼等の結束力は、驚くほど強いようだ。
「レイン! ノリ悪いぞ!」
「ホント、空気読んで欲しいわ~」
「前々から感じ悪いよね、アイツ」
やれやれ、とレインは溜息を付く。どういう訳か彼はいつもこうなる。
「コレ! 皆、仲良くしなきゃいかん!」
オヤジが大声を張り上げた。流石の迫力に、子供らはすぐさまシンとなる。何人かの男児が、その声にビクッと震えるのも見えた。
オヤジが先を続けないので、沈黙が三秒ほど続く。
レインは思わず吹き出しそうになった。あまりにも子供らの行動が分かりやすかったからだ。顔を逸らしたレインを見て気まずくなったのか、オヤジはようやく口を開く。
「ま、まぁ、皆の衆! という訳で、サレン君が皆の仲間になる事になりました! 君たちはこれから生活を共にする仲間だ! 始めは少し躓いたが、若い君達はまだまだ取り返せる。これから仲を深めて行こうじゃないか! 以上!」
張り詰めた空気を解そうと思ったのだろう。オヤジがわざとらしく胸を張りながら言い、サレンを子供らの方へ押しやった。
彼女は小さな歩幅で彼等の方へ歩き、座る場所を探す。が、誰も彼女の為にスペースを開けようとしなかった。それどころか、全員でくっつき合い、彼女の座る場所をわざとらしく塞ぐ。
弱弱しい足取りで彼等の間を抜け、サレンは最後尾までやって来た。レインは彼女を一瞥し、再びオヤジの方へ視線を向ける。
サレンはちょこちょことレインの隣にやって来て、おどおどした様子で周りの様子に目をやる。
レインは彼女に何も言わなかった。特に興味も無かったからだ。
彼女は何か言いたげな視線をレインの方へ向けるが、もじもじとその場で手遊びをするばかりで、何も言わない。流石に煩わしくなって、レインは口を開いた。
「何だよ?」
すると、彼女はビクッと身体を跳ねさせ、蚊の鳴くような声で言う。
「あ、あの、あり……がとう」
「いいから座れ」
「……え?」
「オヤジの話が終わらない」
レインが言うと、サレンはオヤジの方へ視線を向ける。
オヤジは人のいい笑顔を浮かべ、サレンの方を見守っていた。
「あっ」
彼女が小さく声を上げ、恐る恐ると言った様子で、レインの隣に腰を下ろした。
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