第112話・TAU-RUS⑥

 上を向いた車体は、ジェット噴射によって上空に押し出され、斜め上へぐんぐんと高度を上げて行く。車内の二人をシートに押し付け、痛いほどの風圧が上体を切りつけた。


「うぅッ………!」


 ハンドルを握るレインが、臓物を絞られる程の速力に声を漏らす。その間もタウルスは上昇を続け、崖に立ち往生した追跡者たちを引き放した。


 その時、突如バスンという音を立てて、速力が消える。慣性に乗った車体はそれでも少し上昇を続けたが、浮遊感と共に落下を始めた。


「おい! 何だ今の音は!?」


 ザイツが怒鳴り声を上げる。レインが嫌な予感を感じ、背後のジェットエンジンを顧みた。


 案の定、タービンファンが沈黙を決め込んでいた。ジェット噴射は止まり、噴出されるべき青い炎は姿を消している。


「コイツ! ここに来てへそ曲げんじゃねぇ!」


 レインは乱暴にレバーを前後し、ABCペダルの根元を蹴り上げる。


 それに呼応するように、背後のジェットエンジンが再点火され、再びの急加速が二人を襲った。


 しかし、今度は斜め上に向かってでは無く、ほぼ真横に向かってだ。


「……あぁ、レイン! マズいぞ!」


 前に目を向けたザイツが顔を青くしながら言い、レインもそちらへ目を向ける。


「クソッたれ!」


 運転席の上、彼が口汚く叫んだのは、飛距離が足らないと悟る事が出来たからだった。


 タウルスの車体は突然のエンジントラブルで、自由落下状態へ陥った。レインのですぐさま再点火されたものの、再点火までのその一瞬が命取りになったらしい。


 真横を向いて飛ぶ車体は、段々と頭を下へ向けている。このままいけば、タウルスの車体は崖の壁面へ突き刺さるだろう。


 その時、遥か後ろから別のロケットモーターが点火される音が聞こえた。


 二人は反射的に後ろを向く。振り切ったと思っていたアパッチから、ヘルファイアがもう一発、発射されるのが見えた。


「クソッ! 最悪だ!」


 ザイツが彼らしく無く罵声を上げる。


「どうするレイン!? このままじゃ二人ともミサイルの餌食だ!」


 レインの方を向き、声を張り上げるザイツに対し、レインは落ち着き払った様子で答えた。


「これ、使えるかもな」


 そう言って、彼が座席の下あたりから取り出したのは、青色で金属製の工具箱だった。中に幾つかの工具か入っているようで、車体の揺れに合わせてカチャカチャと音が鳴っている。


「それで何が出来る!?」


 ザイツが怒声を上げる。レインは工具箱を持ったまま後ろを向き、迫るミサイルを睨みつけた。


「チャンスは一回しかない! 一発勝負だ!」

「おい! 説明をしろ!」


 ザイツに何も言わないまま、レインは告げる。工具箱を右手で持ち、左手を迫るミサイルへ向けて伸ばした。


「コイツをミサイルにぶつける」

「何?」

「工具箱をぶつけて、ミサイルを誘爆させる」


 レインがザイツの方を向いて言う。ザイツは唖然とし、そして言った。


「無茶だ! 出来る訳がない!」

「無茶でもやるしかねぇ!」


 ヘルファイヤは火の尾を伸ばし、タウルスへ迫る。


「来るぞ……祈ってろ!」


 レインは手に持った工具箱を、後方の窓から外へ投げ出した。 


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