第111話・TAU-RUS⑤

「上手く行かなかった時には、僕がお前の頭を撃ち抜く」

 

 ザイツは言い、MP7を自身の膝元へ置いた。


「お前には悪いと思っているが、そういう取り決めになっているんだ」

「機密保持の為?」

「そうだ」

「ニールもそれを?」

「あぁ、彼も承知の上だ。態度には出さなかっただろうが」

「その通りだ」


 レインは言い、タウルスのハンドルを握り直す。


「心配すんな」

「どうして、そう言い切れる?」

「上手く行かなきゃ、二人とも崖に真っ逆さまだ。お前が手を下すまでもねぇよ」

「……聞くんじゃなかった」


 ザイツが頭を掻きながら言い、レインは声を上げて笑う。


 一度深呼吸をし、進行方向へ真っすぐ目を向けながら、彼は真剣な声色で告げた。


「シートベルトを」

「もう出来てる」


 ザイツが言った。言いながら、彼は自分の身体に回る赤い四点支持のベルトの張り具合を確かめる様に、両手を肩へ持って行く。


「なら、行くぞ」


 レインがそう言い、アクセルを踏み込んだ。V8エンジンが野太い唸り声を上げ、その咆哮に空間が揺れる。


「おい! 馬鹿な事を考えるな!」


 アパッチのスピーカーを通して、パイロットの怒声が響く。


「お前は完全に包囲されているんだ! どこにも逃げ道は無いぞ!」


 続くその声をかき消すように、レインはエキゾーストノードをさらに高く吹き上げた。


「道ってのはなぁ」


 タウルスの運転席、レインは笑った様に歯を食いしばりながら呟く。まるで自分自身に告げるような口調だ。


「自分で作るもんだぜ!?」


 彼は叫び、踏み込んだアクセルがバックファイヤーを焚き上げた。クラッチを繋げ、駆動する四輪が、地面を掘るような勢いで土を巻き上げながら、車体を前進させる。


 一人が発砲したのを皮切りに、地上部隊からの一斉攻撃がタウルスを襲った。運転席のレインを狙った弾丸が車体を凹ませ、マフラーに穴が開く。


 レインの鼻先や、ハンドルを握る前腕を弾丸が掠め取り、鮮血が散った。


「いよいよだ! 掴まれ!」


 レインが叫び、ザイツの腕が掴む物を探してあちこちの空を切る。やがて、都合よく掴める物が無いと悟った彼は、再び肩元へ手を戻し、シートベルトを握りしめた。


 ロケットの轟音が響く。が、タウルスのものでは無い。上空のアパッチに積まれていた、ヘルファイア・ミサイルのロケットモーターが点火された音だ。

 

 尾から炎を噴き出し、白煙を伸ばしながら、ミサイルはタウルスへ真っ直ぐに飛翔する。


「今だ!」

 

 レインは叫び、ここぞとばかりにタウルスのジェットエンジンを点火した。右手のレバーを後端まで引き下げ、キャビンすぐ後ろ、エンジン内部のタービンが高速で回転する。アフターバーナーの青白く形の整った炎がノズルから噴き出した。


 タウルスの車体が急加速し、レイン達はシートへ押し付けられる。吹き荒れる風が二人の身体を殴りつけ、髪を乱し、目を乾かした。


 突然加速した標的にレーダーが付いてこれず、ミサイルはタウルスのすぐ後ろの地面へ突き刺さった。瞬間、信管が起動し、周囲一帯が衝撃と共に吹き飛んだ。


 タウルスも爆風に車体を押され、ボディ後端が跳ね上がる。が、ジェットエンジンのノズルが上を向き、それが功を奏して車体を地面へ押し戻した。


 左右にふらつく暴れ牛を、修正舵で飼い慣らす。タウルスは凄まじい速力を保ったまま、切り立った岩に差し掛かる。


「うぉッ……!」


 レインは思わず息を詰まらせる。


 その時、接地感が消え、2トンもの車体が宙を舞った。


 




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