第113話・TAU-RUS⑦

「信じろ、って言ってたんじゃないのかよ!?」


 ザイツが抗議の声を上げる。レインはその声を余所に、投げた工具箱を目で追った。


 青いそれはタウルスの後ろへ投げ出され、ジェットエンジンの噴射口のすぐ前へ飛ぶ。ジェット噴射の勢いを受け、迫るミサイルへ弾丸の如く一直線に飛翔した。


 鉄の工具箱がヘルファイア・ミサイルの鼻先に直撃し、折れ曲がったミサイルの胴体から小さく火柱が上がる。その発火炎でミサイルの軌道が逸れ、宙を舞うタウルスのすぐ下へ潜り込んだ。


 瞬間、信管が作動し、車体の少し下でミサイルが炸裂する。爆風を受けて、タウルスは空中でフワリと浮き上がる。


「あぁ! 言った通りだぜ!」


 レインが運転席で叫ぶ。爆風で車体が上昇し、背後のジェット噴射を受け、タウルスは切り立った崖をゴツイタイヤで削り取りながら、対岸へ滑り乗った。


 着地の衝撃はタウルスの頑丈なサスペンションによっても殺し切れず、車内の二人は、シートに座りながら派手に尻もちを付く。


 首がむち打ちに振られる。タイヤをロックさせ、地面の土を薄く削りながら停車したタウルスの車内で、レインとザイツは苦悶の叫び声を上げた。


「いってぇ!」

「……これは何日か響くぞ」


 ハンドルにぶつけ、腫れあがった額を押さえながらレインが叫び、ザイツが首を摩りながらしみじみと言う。


「まぁ、ほらな。言った通りだったろ? 信じろってな」


 レインが歯を見せつけながら、ザイツの方を向いて言った。ザイツは溜息を付いて、呆れた様子で答える。


「カークが言ってたのを思い出した。お前が運転する車には乗りたくないって」

「失礼な話だぜ」

「今、同じ感想を抱いたよ」

「何だと!?」

「普通の車は崖を飛び越えたりしないし、ヘリに追われることも無い!」

「人気者は辛いって事よ」

「減らず口ばっかりだな」


 ザイツが呆れ果てた様に笑いながら言い、そして続ける。


「だが、こうして生きてるのも事実だ」

「そう、それが重要だ」


 レインが恩着せがましく言うと、ザイツは一度呼吸を整えてから言った。


「助かった。感謝する」

「うわ気持ち悪」


 レインが肩を抱き、身震いしながら即答する。


「お前なぁ……!」


 ザイツが怒気を隠さず、唸る様に言った。


 その時、突然吹き始めた風に辺りの草木が揺れた。地面から生える短い雑草がひらひらと揺れ、太い木々の枝葉がザワザワと音を立て始める。


「……何だ?」


 揺れる草木がみるみるうちに騒がしさを増し、強風へと成り果てた風が車内の二人へ吹き付けた。舞い上がる土ぼこりで目を開ける事すら煩わしい。


 微かに聞こえていたターボファンエンジンの音と、回るローターの風切り音がどんどんタウルスの方へ近づいて来る。


「……あぁ、野郎しつこいぞ!」


 薄目を開け、上空にホバリングするアパッチヘリを睨みつけながら、レインが言った。アパッチは機首を前に傾け、攻撃態勢を万全に整えている。


「マズい! レイン、早く出せ!」


 ザイツが叫び声を上げる。レインはタウルスのキーを捻り、ストールを起こしたV8エンジンの再点火を試みるが、燃料がスパークプラグにカブッたのか、機嫌を損ねたのか、タウルスはうんともすんとも言わない。


「あ、やっべぇわこれ」


 レインが思わず軽い様子で漏らす。


 アパッチ機首下、取り付けられたチェーンガンの駆動音が響き渡った。



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