第108話・TAU-RUS②

 その時、上空のアパッチが、古い配水管が水が吹き出したような音を立てながら、ロケット弾を発射する。


「マズい! ロケット弾だ!」


 ザイツがシートの上で上体を捩じり、ヘリを仰ぎ見て言った。


「あぁ! チクショウ!」


 レインは言い、反射的にハンドルを左へ切る。慣性に乗った車体が滑る泥道の上で横滑りし、湿った土を四輪で巻き上げながら左を向いた。


 その直後、上空から無数のロケット弾が降り注ぎ、一瞬前のタウルスの進行方向から火柱が上がる。木々が吹き飛ばされ、突然の衝撃に怯えた鳥類たちが折れた木の枝から、悲鳴を上げながら一斉に飛び上がった。


「うわぁッ!」


 爆風に煽られ、グワンと大きく揺れたタウルスの車内で、ザイツが思わず声を漏らす。火柱は車体のすぐ右、丁度ザイツの隣で上がったのだった。


 幾重にもつらなった火柱が、さながら進行を防ぐ壁の様だった。文字通りの火の壁ファイヤーウォールだ。


 レインはアクセルを踏み込み、火の壁に沿うようにしてタウルスを加速させる。幹をへし折られ、倒れてくる大木を紙一重で潜り抜け、土を抉られて地面から露出した根を踏み越えて小さく飛び上がる。


 宙に舞った時、ヘリのローター音がタウルスのすぐ後ろを通過した。


「あの野郎……ッ!」


 レインはハンドルを握りながら、タウルスの右側へ移動したアパッチを横目で睨みつける。


 アパッチは機首をこちらへ向けたまま、右へ滑る様に飛行する。タウルスが地面へ着地した直後、機体前部に取り付けられたチェーンガンが火を噴いた。


「伏せろ!」


 レインが前を向きながら叫び、ザイツが頭を抱えて上体を前に折った。三十ミリの砲弾が、猛スピードで疾走するタウルスの周りに着弾し、噴きあがった土がガラスの無いキャビンに降り注いだ。


 容赦無く浴びさせられる砲弾の一つがタウルスのボンネット部分に着弾する。運よく浅い角度で着弾したため、砲弾は炸裂せず跳弾し、左に生え広がる木々の奥へ吸い込まれて行った。


 しかし、タウルスのボンネットには、猛獣が爪で引っ掻いたような、荒々しい傷跡が残されている。


 レインは小さく舌を打ち、ハンドルを左へ切り、茂る木々の中へ車体を隠す。タウルスとアパッチの間に挟まれた大木が盾となり、攻撃の手が幾らか緩まった。


 その時、タウルスの左側、アパッチとは逆側から銃声が上がり、運転席側のドアに弾丸が着弾する。


「八時方向から地上部隊! 全く、あっちからもこっちからも!」


 ザイツが頭を少し上げ、銃声が上がった方に目をやって言った。彼が言う通り、タウルスの左側からは、森林迷彩を施した軍用の軽装甲車が三台も迫ってくる。先頭の車両の屋根には五十口径の重機関銃が備えられており、銃撃はそこからの様だ。


「レイン、銃はあるのか!?」


 ザイツが助手席の上で、シートベルトを外しながら言った。レインは思わず彼の方へ目をやる。


「お前!? 何してんだ!?」

「いいから! 銃はあるのか!?」


 ザイツの気迫に押され、レインはスリングで体に吊るしていたMP7を渡す。彼はそれを受け取ると、タウルスの窓から右手を屋根の上に回し、言った。


「安全運転で頼むぞ!」


 


 




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る