第109話・TAU-RUS③

「おい、冗談だろ!?」


 助手席から体を浮かし、車外へ身を乗り出し始めたザイツを見て、レインが言った。


「残念、大マジだ!」


 ザイツがしたり顔の笑みを浮かべながら返し、タウルスのドアに腰かける。上半身を風に曝し、左足を助手席のシートに引っ掛け、身体が車外へ投げ出されないようにする。


「絶対揺らすんじゃないぞ!」


 屋根の上から、ザイツの声が聞こえた。レインはアクセルをほんの少し緩め、その要望に応えようとするが、気休め程度だ。


 タウルスを追う車列。その先頭車両の屋根に取り付けられた機関銃の銃口が、車外へ出てきたザイツの方へ向けられる。容赦なく引き金が引かれ、野太い銃声と共に吐き出される五十口径の弾丸が彼へ襲い掛かった。


 空を切る音がザイツの耳に届くほど、弾丸が彼のすぐ近くを飛翔していく。無尽蔵に吐き出される弾丸の一発がザイツの頬を裂いた。更に一発がタウルスの屋根で跳弾し、上がった火花が、屋根の上に置いていたザイツの手の指先を小さく焼く。


「このッ……!」


 小さく舌打ちし、ザイツは苛立たし気に食いしばった歯の間からそう漏らした。右手で持ったMP7を左手に持ち替え、その銃口を機関銃手の方へ真っ直ぐ伸ばす。


 セレクタ―をフルオートに切り替え、揺れる車体から弾丸をばら撒いた。


 敵の装甲車に着弾した四・六ミリの弾丸が、装甲の上で細かく火花を散らすのが見える。機関銃手も思わず攻撃の手を緩め、機関銃に隠れる様に頭を下げた。


 その直後、MP7の作動が止まり、消音機から伸びる白煙が走るタウルスの後方へ流れて行く。


 弾切れだ。


 ザイツは銃に取り付けられたボタンを押下し、弾倉を自重で落下させた。捨て去られた空弾倉が地面へ落ち、土の上を転がる。


「レイン! 弾!」


 ザイツは右手でタウルスの屋根を叩き、レインに言う。レインが胸のリグから予備弾倉を引き抜いて彼の方へ渡すと、ザイツはそれを車内に戻した右手で受け取り、左手に持った銃本体へ叩き込んだ。


 チャージングハンドルを右手で引き、再び銃を装甲車へ向ける。


 銃撃が止み、機関銃手が再び射撃を再開しようとした、その時だった。


 ザイツは一度深呼吸し、体内から息を吐き切る。揺れる車上で左腕を真っ直ぐに伸ばし、機関銃手へ照準を集中させる。


 セレクターをフルオートに入れたまま、短く、ゆっくりと引き金を引いた。


 バララッとMP7が三発の弾丸を吐き出す。その三発は、真っすぐに引いた糸の上を滑る様に機関銃手目掛けて飛び、彼の頭蓋を吹き飛ばした。


 赤ピンク色の霧が装甲車の屋根から霧散し、機関銃が沈黙する。司令塔を失い、力を失った肉体が、だらりと車外へ崩れ落ちて行くのが見えた。


「一人無力化した!」


 ザイツが言った。彼はそのまま、装甲車の運転席へ照準を滑らせる。


「ザイツ! 戻ってこい!」


 その時、レインの叫び声が車内から響いた。ザイツが怪訝そうにそれに従い、助手席のシートに身を沈める。


「一体なんだ!? もう少しで――」

「あれを見ろ!」


 レインがザイツを遮って言い、タウルスの前方に広がる景色を指差す。


「あぁ、マズいぞ!」


 彼が差した方に目をやったザイツが思わず叫び声を上げる。


 レインが指差す先。そこには、巨大な崖がぽっかりと口を開けて佇んでいた。


 

 





 


 

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