第107話・TAU-RUS①

 レインがハンドルを握る車両は、タイヤを覆うフェンダーが乗降用のドアを避ける為いったん下がりながら後ろへ伸び、再び盛り上がって後方タイヤを覆う形になっている。


 その乗降用のステップを兼ねたサイドシルの部分に、『TAU-RUS』と打刻されていた。


 タウルス。ギリシャ神話に登場する牛頭の怪人の名を彷彿とさせる名前だが、レインとザイツの二人を乗せ、森林の小枝をなぎ倒しながら進むこの車両にはピッタリの名前だった。


 全体的なルックスは、ラリーレイド競技に出場するために開発された、SMGバギーという車両に酷似している。それを全体的にカクつかせ、ボディ全体に軍用の砂漠迷彩が施された見た目をしており、タイヤは武骨なブロックパターンの物が装着されていた。


 戦車の車体部分に設けられるようなヘッドライトが、フロントフェンダーの上に取り付けられている。さらにレイン達の頭上、屋根の上にもフォグライトが四灯設置されていた。


 レイン達が乗るキャビンの部分に窓ガラス等は一切なく、簡素なドアと四隅に屋根を支えるバーが伸びているだけだ。


 後方。本来のSMGバギーであれば、スペアタイヤが二本装着されている部分。そこには異様な物が装着されている。


 レインがカタパルトを駆け上がる際に使用した、ジェットエンジンだ。


 ミッドシップレイアウトの車両なら、その位置に通常のレシプロエンジンが装着される位置だった。噴射用のノズルがボディ後端へ突き出ており、前方の空気を取り込むために、常時タービンが回っている。


 そのため、車内はいちいち声を張り上げないほどうるさい。キャビンのすぐ後ろから飛び出たV8エンジンのマフラーからの排気音も、それに拍車を掛けていた。


 しかし、エンジンを二台も積んだ鈍重な車体にも拘らず、タウルスの走行性能は目を見張る物があった。大小さまざまな木々の枝をなぎ倒し、地面に転がる岩を踏み砕き、その極太タイヤが半分まで浸かるような川を強引に突き進む。


「とんだ暴れ牛だな! コイツは!」


 レインがタウルスを振り回しながら、やかましい車内で声を張り上げる。助手席では、ザイツが必死でシートベルトにしがみ付いていた。


 荒れる路面、更には上空のアパッチからの攻撃で、タウルスの車体は波浪に見舞われた船の如く常に揺れている。


 揺れる視界で、前を視認するのもやっとだ。ハンドルを握るレインが何故運転してられるのか不思議な位だった。


「ザイツ! 目的地はこっちでいいんだな!?」


 タイヤを滑らせ、上空からの攻撃を躱し、レインが叫ぶ。ザイツがブレスレットから投影したホログラム映像を確認しながら言った。


「方角はあってる! でも、この先デカい崖だ! 右へ迂回しろ!」

「はいよ!」


 レインは車体を立て直し、アクセルを踏み込んだ。V8エンジンがすぐ後ろに飛び出たマフラーからバックファイヤーを噴き上げる。


「全く、うるさい車だな!」

「贅沢言ってんなよ!」


 ザイツの指示通り、レインはハンドルを切って、進路を右へ修正し、その先のバンプで車体が小さく跳ねた。


 

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