第100話・CAS(クロースエアサポート)①

「クソッ!」

 

 レインは口汚く吐き捨て、サレンを背負ったまま、腰に吊り下げたG17ピストルを引き抜こうとする。


「遅い!」


 女の声だった。それが聞こえるのと同時に、レインは首元を掴みあげられ、重機の様な力で持ち上げられる。背中に背負ったサレンも一緒だ。


「総員、上だ! 敵のワルキューレを狙え!」


 ヘッドギアの無線機から、ニールの怒号が響いた。

 

 レインはなんとか引き抜いた拳銃を、目の前のワルキューレに向けるが、それを彼女の左腕が掴み上げ、銃口があらぬ方向を向いた。


 闇雲に引いた引き金が房の天井のタイルを砕く。左手はサレンを支えるので精一杯だ。


「惨めなものだな、フォーミュラ」


 目の前のワルキューレが、嗜虐的に口を歪ませながら言った。


「何で……俺の名前をッ……!」


 締め上げられた喉元から、レインは声を絞り出す。弱弱しいサレンの腕から力が抜け始め、段々と下へずり落ち始めていた。


「なるほど、それが目的か」

 

 敵のワルキューレは顔を傾け、サレンの方へ、ヘッドバイザーの奥の目をやりながら言った。ホバリングを続けたまま、彼女はレインを、砕けた壁の向こうへと引っ張り出す。


 房の地面が無くなり、視界が開ける。アスファルトの地面と、コッペパンほどの大きさの装甲車が下にあるのが見えた。


 サレンの腕から力が抜け、はらりと下へ落下する。レインは咄嗟に彼女の腕を左手で掴み、左へ身体が傾いた。首へ伸びたワルキューレの右手が更に食い込み、彼の気道をさらに圧迫する。


「おやおや、顔が青いぞフォーミュラ?」


 勝ち誇った口調で、ワルキューレが言う。


「だから……何でッ……俺の名前をッ……?」


 潰れた声で、レインは苦し気に応じる。下からの攻撃は一向に開始されない。どうやら、流れ弾がレイン達に当たる事を恐れているようだ。


 ワルキューレは短く笑い、言う。


「何故? 何故だと? お前こそ覚えていないようだな、ギャプランの名を!」


 レインは歯を食いしばって、言う。


「お前! あの時の!」

「そう、ここで大佐の仇に会えるとはな」


 彼女はニヤリと口角を上げ、腰に据え付けられている二十ミリの機関砲をレインの方へ向ける。


「くっ……」


 レインは足を振り上げて抵抗するが、ワルキューレの腰部装甲に汚れを付けただけだった。


「重そうだな、軽くしてやるぞ」


 彼女はそう笑いながら、機関砲をレインの左腕、肘の部分へ向ける。


「何か最後に、彼女に言っておきたいことはあるか?」


 勝ちを確信した声で、ワルキューレが言った。


「これが終わったら……直接ッ……言うさ」


 潰れた声を発しながら、レインは虚勢を張る。


「敵わぬ願い。さらばだ、フォーミュラ」


 ワルキューレは言った。それと同時に、腰の機関砲に初弾が装填されるガチャリ、という機械音が響く。


 万事休す、か。


 レインは歯を食いしばり、目を閉じる。


 











 


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