第101話・CAS(クロースエアサポート)②
「レイン、手を放せ」
落ち着いた声が、ヘッドギアの無線機から響いて来る。部隊の誰の物とも違う声だった。しかし、聞き覚えのある声だ。
レインは一か八か、サレンの腕を掴んでいた左手を放し、捻り上げられた右手から拳銃を手放す。
人一人分の体重が消え、首元が少し楽になる。
手から離れた拳銃がレインの眼前を回転しながら落下していき、自由になった左手でそれをキャッチした。銃把を握り直し、銃口を眼前のワルキューレへ向ける。
その時、レインの少し下を、何か青紫の物体が飛びぬけて行く。
ワルキューレは不機嫌に舌を打ち、顔を俯かせ、ヘッドバイザーで頭部を防いだ。
レインは構わず拳銃の引き金を引く。九ミリの弾丸が分厚い頭部装甲に弾かれ、黒い跡と小さな凹みが幾つも付いた。
が、それだけだった。
「……往生際の悪いッ!」
ワルキューレは吐き捨てる様に言い、レインの首を掴んでいた右手を放し、そのまま右へ薙いだ。
レインの手から拳銃が叩き落とされ、彼は掴まれた右手一本で宙に吊り下げられている形になる。
「小賢しい! さっさとケリをつけてやる!」
ワルキューレは脚部のスラスターで体勢を変え、腰の機関銃をレインとその真下の装甲車へ向ける。装甲車の上部装甲は薄い。腰の機関銃でも楽々と撃ち抜けるはずだ。
「終わりだ! フォーミュラ!」
彼女が怒気を強めて言う。レインはそれに対し、ニヤリと口角を上げ、言った。
「俺から一つアドバイスだ。お嬢さん」
「何?」
「空を飛ぶときは、もっと前に注意するんだな!」
レインが言い、ワルキューレはハッと顔を上げる。
他の物より、さらに甲高い特徴的なエンジンサウンド。速力及び機動力を重視した、近接戦用にチューニングが施されたジェットエンジンから発せられる音が轟く。
経験した中で、そんなエンジンを搭載するワルキューレアーマーを使っているのは一人しかいなかった。
出力を上げた敵ワルキューレのジェットエンジンがごうと唸り、目の前に迫る危機を回避しようとするが、間に合わない。
青紫色のワルキューレアーマーを纏った緑髪の兵士、ザイツはアフターバーナー全開で敵ワルキューレに突っ込み、脚部スラスターを噴射。敵の眼前で 回し蹴りの要領で右へ身体を回転させる。
スラスターを噴射した右足を振り上げ、それを敵の顔面へ炸裂させた。
敵ワルキューレはくぐもった声を口から漏らしながら、空中で後ろへ吹き飛ぶ。建物の隙間を抜け、その先、左右に伸びた滑走路に錐もみ状態で墜落した。
レインはその途中で空中に投げ出され、視界が三次元方向に回転した。空と陸とが交互に見え、自分が上がっているのか下がっているのかの判断が付かない。遠心力で全身の体液がシェイクされる。
直後、あの甲高いエンジン音がそばで聞こえ、レインは首元を掴まれた。回転方向が右へ限定され、遠心力を逃がしながら、ゆっくりと下降していく。
地上2メートル位の高さまで降りた時、突然首元の力が無くなり、レインは滑走路へ投げ出された。
レインは顔から着地し、カエルが地面に叩きつけられたような、情けない声を上げる。
「何してる。ちゃんと立て」
後ろから、ザイツの呆れたような声が聞こえた。レインは身体を起こし、彼の方を向いて言う。
「助けに来い、なんて言って無いぞ」
ザイツは小さく笑い、言った。
「言われたら来るかよ」
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