第99話・D-デイ⑥
カークは目を丸くしてレインの方を向き、口を開く。
「知り合いか?」
レインは聞き覚えのある声を発した彼女の方へ視線を落とし、記憶を漁った。
「……サレンか!?」
熱にうなされる女兵士はうっすらと笑みを浮かべ、蚊の鳴くような声で言った。
「覚えてて……くれたんだ……」
ライドがレインの方を向き、言う。
「事情は分からんが、詳しくは後で聞く。今は急げ」
レインは彼の方を向いて、頷きながら言った。
「了解」
「言われるまでもねぇ」
カークが軽口を叩いて同調し、二人はベッドを持ち上げて房の鉄扉まで下がる。既に爆弾の準備を完了していたニールが、奥の壁にC4を設置し、全員に離れる様に告げた。
「起爆する!」
ニールが壁から離れ、声を張り上げる。その直後、彼は起爆スイッチを押下し、爆風と共に房の壁を吹き飛ばした。爆音が耳を劈き、揺れる空間が臓器を震わせた。
壁にもたれていた方の男兵士が、吹き飛んだ壁の先を見下ろし、言った。
「で、どうする? ここから飛び降りろと言うつもりか」
この基地では、逃走防止のためか、捕虜収容所は二階へ設けられていたのだった。ニールが爆破した壁の先。そこには何もなく、アスファルトの地面は無慈悲に遥かか下方に広がっている。
何の対策も無しに飛び降りれば、明らかにただでは済まない高さだった。
ニールは男兵士の顔に目をやり、含み笑いを浮かべながら言う。
「そうだ」
そう告げながら、ニールはカークを手招きで呼びつける。
「あぁ、はいはい」
カークは合点が行ったように相槌を打ち、自身の身体に引っ掛けていたボディバッグから、ラぺリング用のカラビナを取り出す。
「ほらよ」
彼は軽い調子で告げ、取り出したそれを男性兵士に投げ渡した。
「ほらよ……って、これだけあっても仕方ないじゃないか」
「まぁ待て」
声を荒げる彼に対し、ニールは彼の肩を叩きながら応じる。
「こちらアルファ、配置に着いた」
彼がヘッドギア内蔵の無線機に手を当てて告げると、数秒の間もなく返答が帰って来た。
「ブラボー了解。見えた、下に付ける」
その声が無線機から流れた直後、捕虜収容所の手前の建物を迂回した軍用の軽装甲車が姿を現し、手前の建物と捕虜収容所の間の細道に停車する。大柄な車体の上部ハッチが開き、中からランチャーの様な筒を持ったガルタ軍兵士が身を乗り出すのが見えた。
「総員、下がれ!」
ニールが言い、房に居た全員が指示に従う。ガルタ兵がランチャーから銛の様な物を発射し、それが房の天井に突き刺さる。その銛の後端から、頑丈な黒いロープが下の装甲車に繋がっていた。
「よし、渡したものの使い方は分かるな? マックスは歩けない奴を抱えて、レインはその彼女を連れて降りて来い」
ニールは言い、まず女兵士二人と元気な方の男兵士を先に装甲車へ下ろした。次にカークとライドが降り、歩けない男兵士を抱え上げたマックスが滑り降りていく。
「次はお前の番だ」
最後まで残っていたニールが言い、彼自身も装甲車へ滑り降りた。
レインはカークに渡されたカラビナをロープへ繋ぎ、背中に背負い上げた女兵士、彼曰くサレンの方へ首を回して言う。
「心配するな。俺が付いてる」
サレンは荒い呼吸の中、弱弱しく笑みを浮かべて言った。
「……何か……昔……みたいだね」
レインはそれを鼻で笑い、体重を前に掛けた。
その時、ジェットエンジンの甲高い音が、レインのすぐ側に響き渡った。
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