第86話・再編成②

 水滴を散らすように、息を吐きながら水面から顔を出したカークは、プールサイドに上体を持ち上げながら、ストップウォッチを持っていたマックスに言った。


「どうだ?」

「悪くない。ウチの入隊試験に余裕で合格できるタイムだ」


 マックスは手に持ったストップウォッチを操作して、元のゼロ秒に表示を戻す。彼のゴツイ手で握られているせいか、ストップウォッチは玩具にしか見えなかった。


「次、レインの番だな」


 カークはプールから上がりながら言う。金髪をかきあげ、垂れて来る水滴を背中側へ流した。


「鈍ってないと良いんだが」


 弱気な事を呟きながら、マックスの隣に立っていたレインが水の中へ入る。丁度その時、隣のレーンで泳いでいた女兵士が勢いよくターンし、噴き上げた飛沫がレインの方へ飛んだ。


 目を開けるために、レインは顔にかかった水を右手で拭う。


 その様子を見ていたカークが、彼の頭上から言った。


「今のは中々どんくさかったぞ」

「うるせぇ」


 レインは一言だけ返し、スタートの態勢を取る。


「じゃ、行くぞ」


 マックスがプールサイドから身を乗り出して言い、ストップウォッチをレインに見える位置へ持って来る。


「スタート!」


 その一言と共にスイッチを押し、ストップウォッチの画面にデジタル表記された数字が動き始める。


 レインはマックスの声と共にプールの壁を蹴り、頭の先で手を伸ばし、抵抗を少なくして水中へ伸びた。

 体が浮き上がり、手を回し、水を掻く。足を動かして水面を蹴り、ぐんぐんと前へ進む。


 手が反対側のプールの壁に付き、水面へ潜って反転する。また壁を蹴って伸び、今度は元来た方へ泳いだ。


 それを二往復し、レインは水面から顔を上げる。息を切らしながら、掠れた声でマックスに言った。


「何秒だ?」


 マックスはストップウォッチに目を落とし、少し間が会ってから言った。


「すげぇな、カークより速いぜ?」


 レインはニヤリと笑いながら言う。


「どんなもんよ」

「いいじゃねぇか、全然いけると思うぞ」

「軍抜けてからグータラしてた訳じゃねぇっての」


 顔を回し、カークを探しながら彼は言った。


「おい! こんなもんでどうだよ!?」


 彼なりに大声を上げたつもりだが、返事は帰って来ない。プールという場所は色々な音が反響して、人の声が聞き取り辛い場所だというのはあるが、それにしても姿すら見えないというのはどういう訳か。


 そんなことを考えていると、レインの隣のレーンで泳いでいた女兵士が底に足を着いて、水面から上がって来る。

 

 それからふと隣のレインを見て、声を上げた。


「あっ」

「うん?」


 レインは声を方向を向く。女兵士がゴーグルを外し、言った。


「こんな所で何をやっているんだ?」


 短い短髪を後ろに束ね、外したゴーグルの下からは碧眼が覗いている。


「あぁ、シェラか」


 レインは言いい、シェラが腕を組んだ。


「何だ、あまりうれしそうじゃないな」

「別にそんなことは……」


 歯切れ悪く言ったレインの代わりに、マックスが続ける。


「次の作戦で、足手まといにならないように鍛え直してるんだ」

「そうか。君は確か……」


 シェラはマックㇲを見上げながら言う。彼は答えた。


「マックスだ。覚えてないか?」

「いいや、思い出した。あの時の君だね」

「そうだ。その時の俺だ」


 レインが口を挟む。


「どの時だよ」

「三か月前だ。俺とカークで、お前を探すために彼女の部隊を付けてたのさ」

「あぁ、だからあの時」

「そ、感謝しろよ?」


 二人はお互い誇らしげに鼻を鳴らす。


「そういえば、次の作戦とは何だ?」


 シェラが言い、レインが答えた。


「アレだ。貨物機の捕虜を救出に行くんだ」

「それなら、私の部隊を参加するぞ?」

「え?」


 レインがマヌケな声を上げる。シェラが続けた。


「空からの援護を頼まれてな。もちろん、ナギも一緒だ」


 シェラが意味ありげに言い、腰を下ろしていたマックスがレインの肩を小突いた。


「おいおい、ラッキーじゃねぇか」

「茶化すなっての」


 レインが言い、そして続ける。


「そういえば、カークが居ないんだが」


 すると、マックスが奥の方のレーンを指差し、言った。


「あ、居た」


 レインがそちらに目を向けると、一番奥のレーンで泳いでいた女兵士二人と談笑するカークの姿があった。プールサイドに腰を下ろし、レイン達の事はすっかり忘れている様子だ。


 鼻の下が伸びているのを隠そうともしていない。


「アイツなぁ……」


 レインが怒りの声を上げ、シェラが笑う。


「ま、いつもの事よ」


 マックスが言い、ストップウォッチをレインの方へ渡す。


「次は俺の番だ。測定、ミスんなよ?」


 


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る