第79話・入隊試験①
そんな日常が続いたある日。
レインはいつも通りの時間にベッドから起き出し、習慣付けたトレーニングにいそしんでいた時だった。
ガレージに響き渡るサンドバッグを叩く破裂音に混じって、インターホンの音が鳴った。
レインは不思議に思い、汗を拭いながらガレージの時計に目をやる。時刻は八時過ぎ。来客があるには少し早い時間だ。
取り敢えずリビングルームに戻り、壁にかかっているモニターで外の状態を確認する。
男が立っているのが見えた。背広を着、フレームの縁が鋭いサングラスを掛けている。目元が隠れているので、表情はいまいちよく分からないが、鼻の辺りに傷が付いているのが見えた。
「はい?」
レインが言う。画面の向こうから、背広の男が答えた。
「失礼、軍の者です」
「軍? ガルタのですか?」
「はい」
「要件は?」
「少し、リットナー大尉の事で……」
ナギの名前が出され、レインは少し不安が滲む。
「ナギに何か?」
「詳しくは基地の方で話します。出て来てもらえますでしょうか」
言葉こそ丁寧だが、画面越しに有無を言わせぬ圧力を醸し出しながら、男は言った。
「少し待ってもらえますか」
「えぇ」
レインはモニターを切り、バスルームへ向かう。ナギの事が引っ掛かり、今すぐに向かいたい所ではあったが、汗だくの身体で外に出るのは忍びない。
シャワーを浴びて、服を着替え、寝室へ行ってジャケットに腕を通す。念のため、ベッド横に置いてある小さな箪笥を開いて、そこからリボルバー拳銃を取り出し、ジーンズのベルトに差す。
ジャケットで銃把を隠し、足を上げ下げして邪魔にならないか確かめた。
問題無し。レインはジャケットの襟を直し、リビングへ抜けて玄関を出る。
家の前に、先程の背広を着た男が立っているのが見えた。しかし、モニター越しで見るよりも大柄で、レインより一回り程背が高い。
彼の背後には大柄な四輪駆動車が停まっており、ネイビーを基調とした暗めの迷彩柄が施されている所から、海軍だろうとレインは予測を立てる。
「レイネス・フォーミュラだな」
背広は言った。先程の丁寧さは何処かへ消え、露わになった体躯によって増した圧でレインを圧し潰そうとするかの様な言い方だ。
(なんだ?)
レインは玄関のドアを閉め、背広の方へ振り返る。念のため右足を少し後ろへ下げた。
背広はレインの方へのゆっくりと近づく。瞬間、前を開けたジャケットを翻し、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
(そういう事かよッ……!)
レインは左手で、額に向けられた銃口を逸らす。右手で遊底を掴み、体を右へ回し、背広の手から拳銃を奪い取る。
すぐさま一歩前に足を踏み出し、背広を後ろへ突き飛ばした。
背広は息を詰まらせ、後ろへ倒れ込む。停まっていた四輪駆動車のドアが開き、中からボディーアーマーと短機関銃で武装し、ご丁寧に脚に拳銃を吊った。戦闘兵が降りて来た。
「動くんじゃない!」
短機関銃、MP7の銃口をレインの方へ向け、戦闘兵は叫ぶ。
レインは背広から奪い取った拳銃を捨て、両手を上にあげる。
背広が満足そうに笑い、体を起こしながら言った。
「さすがだな、ミスターフォーミュラ」
レインは顔を顰め、言う。
「誰だよ、アンタ」
背広はズレたサングラスを掛け直しながら、言った。
「私はニール・フラナガン」
襟元を正しながら、ニールと名乗った男は言う。
「ガルタ軍特殊部隊、H.O.U.N.D.Sの隊長だ」
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