第72話・新生活③

 食事が終わると、レインは自分の皿の上に、ナギの前に置かれた皿を重ねた。


「ありがと~」


 眠気の抜けない間延びした声で言うナギに、鼻を鳴らして応じ、使い終えた食器をキッチンの流しへ持って行く。適当に置くと、重なった食器がカチャリと音を鳴らす。


 ふとレインが顔を上げると、テーブルの前に座っていたナギの姿が無くなっていた。


「あれ?」


 彼はキッチンを回り、陽光が入る窓のすぐ側に置かれているソファーへ回り込む。


 すると、居た。


 どうやらナギは、睡魔との朝の聖戦に敗れたらしい。端に置いていたクッションを抱きかかえ、さながら日に当たる猫の様にソファーの上で丸くなっていた。


「あっ!」


 レインは思わず声を上げる。ナギはその声に反応してピクリと動いたが、またすぐ口をもごもごとさせて微睡みの中へ落ちて行く。


 軍の制服に皺が寄るのもお構いなしだ。


 溜息を付き、レインはリビングに掛けた時計を見上げる。


「あ、やべッ」

 

 彼が青ざめた顔でそう言ったのは、針が差していた時刻は八時四十五分だったからだ。休暇明けのナギは九時から軍務に就く事になっているが、車を飛ばしてギリギリ間に合うか、という時間だった。


「ナギ! 起きろ! 遅れるぞ!」


 むにゃむにゃと口を鳴らすナギに対し、レインは畳みかけるように言う。


「……ん~、なに~?」


 しかし、ナギは尚も気の抜けた様子で返す。


「えぇい! やむを得ん!」


 レインは自分を鼓舞するように叫び声を上げると、いきなりナギを抱え上げ、肩に担ぐ。


「わっ! ちょっと! 何するの!?」


 ナギはこの段になってやっと目を覚ましたらしく、レインの肩の上で喚きながら、手足をジタバタさせる。


「とっとと起きねぇからだ!」


 レインはそう言い捨てると、彼女を肩に担いだままガレージに続くドアを開け、玄関先に置いてあったスマートキーを取って、ウルスのドアロックを解除する。右側のドアを開けて、助手席にナギの小柄な身体を押し込むと、反対側へ回って運転席へ乗り込んだ。


「何で運転席こっち側なんだか」


 苦言を呈しながら、レインはウルスの中央のスタートスイッチでエンジンを掛ける。 


「運転しにくい?」


 ナギがシートベルトを締めながら言う。


「そろそろ慣れないとな」


 レインが言い、車を発進させた。




「何だい、お前かい」


 運転席を覗き込んだ門番のおっさんが言う。レインは窓を開け、言った。


「そう、俺だ」

「遅刻スレスレだぞ?」

 

 そう言って、おっさんは車内のデジタル時計を指差して言う。示されている時間は八時五十五分だ。


「ナギに言ってくれよ」


 そう言いながら、レインは助手席の女主人に向かって指を差した。一度起きたはずのナギは、ウルスの助手席の上でまた気持ちよさそうに眠っている。シートすら倒れていない。


 おっさんは喉を鳴らして笑い、基地への入場ゲートを開くボタンを操作した。


 ブザーが鳴り、金網の門が横へスライドしていく。


「ほら、行きな」


 おっさんが言い、レインは言った。


「どうも」



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