第70話・新生活①

 汗をバスルームで洗い流し、レインは着替えてリビングルームへ戻った。キッチンの方へ回り、コンロの上にフライパンを置き、火に掛ける。油を引き、冷蔵庫から卵を三個とベーコンを取り出し、一つづつフライパンに割り落した。


(しかし、ホントよく食うよな)


 そんなことを考えながら、卵の隣にベーコンを並べる。肉の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐり、レインの空いた腹を刺激する。


 卵に火が通るまでの間に、トースターにパンを二つ差し込んで、スイッチを入れた。


 火を止めて、後ろの食器棚から出した白い皿の上に卵を二つのせ、その隣にベーコンを並べる。ついでに出してきた小ぶりな皿の上に、最後の一つの卵を乗せ、余っていたベーコン二枚を置いた。


 朝食を持った皿二つを持ってリビングへ戻り、中央のテーブルに置く。


 トースターからパンが焼き上がった事を知らせる音が鳴り、レインは新しい皿を食器棚から出して、二つのトーストを皿の上に乗せた。


「これで良し……と」


 その皿をテーブルの上に置き、レインは呟く。ナギと一緒に住み始めてから、朝食は彼が用意することになっていた。特に決めたわけではないが、朝起きて来るのが遅いナギに頼む事でもないだろう、とレインは考えている。


 それに、従軍しているナギが返って来るのは何十日に一回程。その位の頻度なら、いつも決まった時間に起きる癖が抜けないレインにとって、朝食をもう一人分用意するというのは、特に労力を使う仕事でもない。


「しかし……」


 と、レインは時計を見上げながら呟く。いつもなら起きて来るはずの主人が、どういう訳か中々起きてこない。


「寝坊か?」




「ナギ、入るぞ」


 レインは二階へ上がり、ナギの寝室をノックした。う~、と小動物の唸り声の様な返事が帰って来たので、彼はドアを開く。


 半開きの目を擦りながら、ナギはベッドの上に座っていた。水玉模様のパジャマに、ナイトキャップを被っている。膝の上には小さなクマのぬいぐるみが乗っていて、抱きかかえるような態勢だ。


「クマさん、何処行っちゃったの~」


 寝ぼけた頭で呟く彼女に対し、レインはため息交じりに言う。


「森に帰ったよ」


 そして、ナギの顔の前で両手を打ち鳴らし、言った。


「そら、起きろ」


 体を一瞬震わせ、彼女の眼が大きく開く。


「わっ! 今何時!?」

「八時ちょっと」


 焦り声を上げるナギに対し、レインが答えると、彼女は安心したように息を付き、言った。


「ご飯は?」

「出来てる」

「やった」


 そう言ってベッドから立ち上がり、ナギはレインを通り過ぎて階下へ向かおうとする。

 

 その肩を後ろから掴み、レインは言った。


「まず顔洗ってきなさい」




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