第49話・サイン・フォー・アライアンス②

「ザイツ!? 一体何を!?」


 シェラが叫ぶ。だがザイツの決意は固く、彼の表情は崩れない。


「言った通りだシェラ、僕はもう軍人じゃない」


 ザイツはそう言い放つと、踵を返し、自身のアーマーへ歩を進める。


「アイツと同じ、ただの一般人。何をしても、お咎めは無いはずだ」

「だが――」

「アーマーは強奪する。上へはテロリストに鹵獲されたとでも報告すればいい」


 彼が紫色のそれに手を触れ、アーマーが人型に展開する。


「ザイツ? どうして?」


 弱弱しい声を漏らしたのは、ナギだった。ザイツは眼前のアーマーに顔を向けたまま言う。


「何故?」


 小さく鼻で笑い、彼は続ける。


「アイツだけにカッコつけさせておくのが、少し癪だからだ」


 そして、アーマーを纏い、言った。


「ナギ、準備を。連中は気が早い。一秒たりとも無駄には出来ないぞ」


 そう言われ、ナギは目元を拭い、ザイツがやったように敬礼をしながら言った。


「シェラ・メトセリュード少佐! 今までありがとうございました!」


 そう声を張り上げ、彼女はクゥエルから強奪してきた白い機体へ駆け寄る。


「馬鹿! 二機で何が出来ると言ってるんだ!」

「二機じゃないですよ、少佐」


 怒鳴るシェラの声を遮ったのは、レインのジャケットを羽織っていた女兵士だ。彼女は仲間の一人に肩を貸し、多少ふらついてはいるが、しっかりと二本の足で立っていた。

 

「彼女も、同じ考えだそうです」


 そう言いながら、彼女は肩を貸している女兵士の方を向く。ギャプランに足を撃ち抜かれた彼女だ。


「こんな体じゃ何が出来るか分からないけど、それでも、私はあの人を助けに行きたい!」


 弱弱しい叫び声が上がる。辺りは一瞬沈黙が支配し、その直後、笑いの混じったどよめきが部隊を包んだ。


「しゃーねぇ、俺達も行くか!」

「ここで逃げたら、男が廃るってか!?」

「あら、女も置いて行かないでよ?」


 そんな声が口々に上がる。ザイツはニヤリと笑い、ナギは涙を目に浮かべていた。


 涙の意味は、先程とは百八十度違うのだろう。


「みんな……ありがとう!!」


 彼女は口を押えながら言う。


「くッ……お前らと言う奴は……!」


 苦言を漏らすシェラの軍服が下に引っ張られる。彼女がその先に視線をやると、カイエとレーナ、白黒コンビの二人がシェラの顔を見上げていた。


 決意に満ちた眼差しを見るに、二人の腹も決まっているのだろう。


 歩み寄ってきた男兵士の一人が、何やら黒い箱をシェラに差し出す。ナギがクゥエルの機体を操縦できるように、プログラムを書き換えた一人だ。


「何だ?」

「無線機です。やっと修理が終わりました」


 彼は言い、レーナやカイエと同じ目を彼女に向けた。


「貴方の部下が裏切ったと、軍にお伝えください」

「しかし――」

「これは、みんなで決めた事です」


 シェラがそう言い切った彼の背後に目をやると、彼女の部下、否、部下だった者達が思い思いの視線を彼女に向けていた。腕を組んでいる者、突き出した親指を彼女に掲げている者、優し気に微笑むだけの者。

 

 彼等の視線が告げているのは、確かな団結と覚悟だった。


 シェラは歯を食いしばりながら、無線機に手を伸ばす。


「――こちらヴァルチャーワン。本部、聞こえますか?」

 

 少しして、返事が返って来る。


『聞こえる。ヴァルチャーワンどうぞ』


 溜息を付き、彼女は言った。


「――本部、支援物資の投下を要請します」

『何だと?』

「座標はすぐ送ります。武器と弾薬、食料と水、そして――」

 

 シェラは隊長の眼差しで言う。


「私とツインズ、そしてエンブレス用のワルキューレアーマーをお願いします!」


 彼女はそう言い切ると、返事を待たず無線機を切った。


 森林の一部、そこから森全体を揺らす様な活気がみなぎって行く。そこら中ではやし立てる声や指笛が上がり、歓声が枝を揺らした。

 

 シェラは歓声が沈むを待ち、隊長として声を上げる。


「総員! 良く聞け! 武器は手配した! ワルキューレも出撃する! たった一人、守らなくてもよい男の為に! 私達は、これから武装したクソ野郎どもだ! それを肝に銘じろ!」


 再び歓声が上がる。空まで揺らす様な歓声だった。


 彼女は背後の二人へ振り返り、彼等の方へ歩み寄った。


「シェラ、良かったのか?」


 ザイツが心配そうに言った。シェラは小さく笑みを浮かべながら返す。


「部下全員が同じ気持ちなんだ。隊長の私が彼等を見捨てるわけにはいかないだろう?」


 そして、ナギの方へ向き、言った。


「もうすぐアーマーが来る。準備しておけ」


 ナギは慣れない機体をパージし、地面に降り立ちながら言う。


「うん!」


 彼女の顔には、何の屈託も無い笑顔が浮かんでいた。

 






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