第48話・サイン・フォー・アライアンス①

 列車から遠く離れた地点、丁度よく森林にぽっかり空いたスペースに、

ナギとザイツは貨物車両を下ろした。

 二人は地面に降り立ってアーマーをパージし、ザイツが重い貨物列車のドアを左右に開ける。


 シェラを先頭に、中からガルタの兵士たちが降りて来る。腕を折られたクゥエルの女兵士も、外へ引っ張り出されていた。


「……レインは?」


 中からぞろぞろと出てくる部隊員たちを見ながら、ナギが言った。その表情には明らかな不安が混じっている。


 その顔を向けられたシェラが、逃げる様に地面に向けて視線を落とした。


「ねぇ、レインは!?」


 ナギは彼女に詰め寄って、両手で肩を掴む。


「彼は……残った」


 シェラは視線を外したまま、口から言葉を押し出すように言った。


「残った、って……」

「殿を務めたんだ。私達が逃げる時間を作るために」

「じゃ、レインは……」

「敵に掴まった」


 ザイツが口を挟む。シェラとは違い、淡々とした様子だ。ナギは手を離し、振り返って今しがたパージしたワルキューレアーマーへと走った。


「止めろ!」


 シェラが打って変わった様子で声を上げる。声色は上官のそれだ。ザイツともう一人の兵士がナギを追い、アーマーに触れる直前で彼女を取り押さえた。


「放して!」


 ナギは二人を振りほどこうと身体をくねらせながら叫ぶ。シェラは、そんな彼女に歩み寄って、言った。


「それでどうするつもりだったんだ?」

「決まってる! レインを助けに行く!」

「たった一機で?」

「それでも!」

「行ってどうする? ギャプランに落とされて終わりだ。私達には武器も無い。それに……」


 シェラは再び視線を落とし、ザイツが横から続けた。


「助けに行く必要も無い」


 あくまで淡々と、事実を告げる声だった。


「……そうだ」


 シェラが苦しく続けた。ナギは唖然とし、弱弱しく口を開く。


「どうして……?彼は……」

「私達を助けてくれた」

「うん、そうだよ! だったら……!」

「何故?」

「……え?」


 シェラは精一杯感情を押し殺した顔をナギへ向け、言った。


「なぜ彼は私達を助けたんだ?」

「それは……」

「彼はうちの国の人間じゃない、他国の一般人だ。それを、どうして私達が助けに行かなければならないんだ?」

「……酷い!」

 

 ナギは怒りをむき出しにして、目の前の金髪の隊長に向かって言った。


「ねぇシェラ、言ってることは分かる。レインは私達の仲間じゃないし、守るべき国民でもない。でも、それでもレインは助けに来てくれたんだよ!? 船から連れ去られて、全然知らない土地を連れまわされて、挙句の果てにあと一歩で死んじゃうところだった!」


 彼女の目から大粒の涙が零れ、地面の土に染み込んでいく。


「それでも、レインは助けに来てくれたじゃん! 逃げたらダサいってだけの理由で!」


 逃げたらダサい、その言葉に、その場に居た全員の目が見開かれ、小さくないどよめきが起こった。口々に言葉がささやかれ、何て奴だ、イカレてる、そんな言葉が聞こえて来る。


「……大馬鹿野郎か、アイツは」


 吐き捨てるように行ったのは、ザイツだった。ただ、その表情は少し笑っているように見える。


 シェラは溜息を付き、暗い表情で俯きながら言った。


「……彼を助けに行けば、クゥエルとは本格的に戦争になる」


 悔し紛れに噛みしめた歯から、震える声を押し出すようにして続ける。


「そうなれば、ガルタの民に危険が及ぶ。助ける必要のない人間を助けて、守るべき人間を危険にさらすことになる」

「シェラ……」

 

 ナギは訴えかける様に、蚊の鳴くような声を漏らした。


「私だって助けに行きたいよ! それでも……ダメなんだよ、それじゃ」


 シェラは振り返り、目元を拭ってからナギへ向き直る。


「それに、私達には武器も無いと言っただろう。ワルキューレアーマー一機だけじゃ――」

「一機じゃない。二機だ」


 そう決意に満ちた声で言ったのは、ザイツだった。彼はナギから手を離し、もう一人の兵士にも彼女を離すように指示を出す。兵士は戸惑いながらも拘束を解き、ナギは自由に動ける状態になった。


「ザイツ……」

「ザイツ・シュピーゲル! 何を考えている!?」


 シェラが声を上げる。ザイツはそれに動じる様子も無く、背筋を伸ばし、つま先を揃え、指先を伸ばした右手を額へ持って行って、高らかに宣言した。


「ザイツ・シュピーゲル中尉、今、この時を持ちまして、ガルタ空軍を除隊させていただきます」

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