第47話・コールサイン『ロードランナー』⑧

 重い瞼を開く。目の上で固まった血を剥がすのに一苦労だった。まともに開いたのは左目だけだ。腫れあがった右目はいう事を聞かず、暫く開けられそうにない。


 後ろ手に縛られた状態で、レインは何処かの一室に寝そべっていた。一定のリズムで地面が振動しているので、どうやらまだ列車の中のようだ。


 体を起こそうとすると、全身が痛んだ。彼が一度起きるのをためらった程だ。満身創痍らしい身体に無理を言わせて身体を起こし、背後の壁に身を背中を預ける。本人は気づいていないが、青あざだらけの背中に体重が掛かり、鈍いズキズキとした痛みが奔った。


 履いていたはずのブーツが無い。裸足だ。踵から、床の冷たい感触が伝わってくる。天井近くに取り付けられた、小窓から差し込んだ月明かりがレインの身体を照らす。


 上半身には何も身につけていないらしい。固まった血痕が至る所で赤い染みになっていて、脚のジーンズの色が少し変わっている。カインに撃たれた箇所には応急処置が施されているものの、それ以外の傷は何もされていない。


 どのくらい気を失っていたのだろうか。レインは思考を巡らせた。


 カインに威勢よく食って掛かったはいいが、その直後、レインは彼の右ストレートを顔面に食らい、後ろへ吹き飛んだところへ、迫っていたクゥエル兵の群れにボコボコに殴りつけられたのだった。

 MP5はいつの間にか彼の手から離れていて、降って来る無数の拳を身体を丸めてやり過ごすしかなかったのを覚えている。


「もういい、やめろ」


 カインのその一言でクゥエルの兵たちは止まったが、彼はレインを無理やり立ち上がらせると、彼の手を後ろ手に縛り、先頭車両へ引きずって、そこに建てつけられていた倉庫に彼を放り込んだ。


「肩と脚の治療をしてやれ」


 カインが言うと、クゥエル兵の一人が声を上げる。


「大佐! しかしそいつは――」

「治療をしろと言っただけだ。そこからの事は知らん」


 それだけ言い、カインは先頭車両の奥へ消えた。仲間を殺され、腹の虫がおさまらないクゥエルの連中は、レインに応急処置を施した後、恨みを晴らすように彼を半殺しにしたのだった。


「ざまぁ無ぇな」


 レインは暗い倉庫の中、皮肉な笑みを浮かべながら、そう呟いた。


 暫くして、倉庫の扉が開き、カインが中へ入って来る。


「起きていたか」

「ぐっすり眠れたよ」

「それは結構」


 クゥエルの大佐は溜息を付き、その三白眼でレインを睥睨しながら言った。


「お前は、何者だ?」


 レインは彼を見上げ返し、言う。


「はい?」

「ガルタのデータに侵入してみたが、レイネス・フォーミュラと言う男は見当たらない」

「そりゃ無いだろうな」

「お前は一般人だからか?」


 カインが鼻で笑い、嘘はお見通しだ、と言うような態度で言った。


「そゆこと」

「こういう場の冗談は好かん」

「お喋りは嫌いか?」

「あまり好きでは無い」

「……あぁ、そう」


 つれねぇな、とでも言いたげに、レインは鼻を鳴らす。


「もうすぐ目的地だ。お前にも付いてきてもらう」

「途中下車したいんだけど?」

「出来ると思うか?」


 肩を竦め、彼は言った。


「期待はしてない」


 カインは嫌味に笑い、言った。


「それでいい」



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