第46話・コールサイン『ロードランナー』⑦
背後で短機関銃が吠える。その銃把を握っているのはシェラだ。レインは女兵士の一人に肩を貸し、重い体を引き起こしながら、最後尾の貨物車両のへ向かっていた。
今、彼等は先頭から数えて三列目の車両に居る。目的の車両までは目と鼻の先だ。
レインが担ぎ上げている女兵士は、シェラの目の前で男達に群がられていた彼女だ。軍服は破り捨てられ、露出した素肌を隠すためにレインのミリタリージャケットを肩から羽織っている。
後のシェラは、後ろの車両から顔を出してくるクゥエル兵に容赦なく弾丸を浴びせ、頭を引っ込めさせていた。彼女のすぐ隣には、脚を引きずるようにして歩く女兵士が一人いた。
彼女は先頭車両へ無理やり連れて来られた際、脚を捻ったそうだ。シェラは彼女の歩調に合わせ、後ろ歩きで歩いている。
残りの三人の女兵士は、既に貨物車両に辿り着いていた。これもシェラがしんがりとして、敵兵を押さえつけていたおかげだ。
「レイン! 準備できたぞ!」
そう言って、貨物車両へ続く扉から姿を現したのは、緑髪のザイツだった。血で汚れたガルタの制服のズボンから、実戦的なカーゴパンツに履き替えていて、上半身にボディースーツが密着している。
どうやら、ナギと共にワルキューレアーマーを纏うつもりらしい。
その時、後ろで甲高い悲鳴が上がった。レインはそれにつられ、反射的に後ろを振り返る。
シェラの隣に居たはずの女兵士が、腿から血を流し、床にへたり込んでいた。シェラは弾の切れたMP5短機関銃を煩わし気に見下げながら、近くにあった、倒れたテーブルの後ろへ身を隠していた。
「ザイツ、彼女を頼む」
レインはそう言うと、肩を貸していた彼女をザイツの方へ押し出す。緑髪の彼はよろめきながらそれを受け止め、言った。
「それは分かったが、時間が無いぞ!」
彼がそう叫んだと同時に、貨物車両の屋根が吹き飛び、中から灰色の機体が飛び上がった。
その機体の中央、胸の辺りに収まっている小柄な少女は、ナギだ。
「上手くいったみたいだな」
レインは口角を上げながら言うと、引き抜いた拳銃を、眼前、貨物車両へ向かう方向とは逆へ伸びる廊下の先へ向ける。
合わせた照準の先、そこに居たのは、銀髪で三白眼の男だった。体躯はレインより一回り大きく、左目には痛々しい傷跡が奔っている。岩をも握りつぶせそうな右手に握られているのは、五十口径の大型拳銃、通称デザートイーグルと呼ばれる代物だ。
それはあまりに大きく、重い。威力はアサルトライフルにも匹敵する。軍で使用するには威力過剰もいいとこで、お世辞にも軍用拳銃には向いている銃とは言えない。
だが、レインの前に立っていた男は、その重みを感じさせない様な素早さで、女兵士に向けていたデザートイーグルの銃口をレインの方へ向ける。
そして、引き金を引いた。
銃声、と言うよりは砲声が客車内に木霊する。咄嗟に身を避けていたレインの頬が裂け、細かい血飛沫が散った。
「野郎ッ……!」
彼は悪態を付くと、銃を向け直し、お返しとばかりに立て続けに三発発砲する。銀髪男は大柄な体躯を思わせない様な素早さで物陰ヘ身を隠し、彼を襲う弾丸を回避した。
レインは銃を向けながら、前進する。シェラと女兵士を追い越し、銀髪が消えた先へ銃を向けようとした時、飛び出して来たクゥエル兵にMP5の銃本体を押し付けられ、背後の壁へ叩きつけられる。
「レイン! 大丈夫か?」
女兵士を助け起こしたシェラが言った。
「心配、要らねぇ……ッ!」
レインは締め上げられた首から声を漏らす。どう見てもそうは思えないが、彼はシェラに貨物車両へ向かう様に指示し、シェラはそれに従った。
拳銃を向けようとするが、相手の身体に右手を挟まれているため、銃口を相手に向けることできない。レインはチラリと右側へ目をやる。武装したクゥエル兵たちが、鬼の形相でこちらへ向かって来るのが見えた。
狙いは貨物車両だろう。
レインは辛うじて動く左腕を振り上げ、眼前のクゥエル兵の顔面に掌底を食らわせる。五本の指を大きく開き、小指で相手の左目を突いた。
悲鳴を上げ、反射的に体を離したクゥエル兵の胴体に銃弾を撃ち込み、力の抜けた腕からMP5を取り上げる。
それから、敵の胸元につり下がっていた手榴弾を手に取り、ピンを抜いて貨物車両との連結部に転がした。
「レイン!? 何をやって――」
ザイツが驚愕の声を上げた。
まだいたのか、とレインは心の内で独り言ちる。
「とっとと引っ込め。爆発するぜ?」
彼が言うと、ザイツはシェラと女兵士を自分の方へ引き、貨物車両の中へ消えて行く。貨物車両の頑丈な鉄の扉が閉められ、直後、爆発が起こり、爆風が連結部を吹き飛ばした。
自由になった貨物車両を、灰色の機体が持ち上げ、さらに中から飛び出して来た紫色の機体とが協力し、遠くへ飛び去って行くのが、客車の窓から見えた。
レインは、してやったり、と言う様に鼻を鳴らすと、後ろへ向き直る。目の前には銀髪の男が立っているのが見え、その直後、突き出された拳がレインの鼻先へ突き刺さる。
倒れ込むレインに、五十口径の追撃が彼を襲った。レインは身体を四方八方に回しながら、客車の床を転げまわり、何とか致命傷を回避する。が、右腕と左足は端が弾丸に抉られ、そこから血が漏れ出していた。
短機関銃を乱射し、銀髪を再び物陰に隠れさせる。レインはその隙に、シェラが隠れていたテーブルの裏に身を隠し、左手でMP5の弾倉を抜いた。
残弾は十発程度。
「聞かせてもらいたいな。私を煩わせた男の名を」
銀髪の声が、彼が隠れた壁の裏から響く。レインは鼻で笑い、言った。
「人に名前を聞くときは、まず自分からだ」
嘲笑。その後に、同じ声が響く。
「カイン・ギャプラン。階級は大佐だ」
少し間を置いて、言った。
「そっちは?」
レインはフゥと息を吐き、答える。
「レイネス・フォーミュラ」
「……階級は?」
怪訝そうに問うギャプランに、レインは勝ち誇ったように言い放った。
「もう無い。今はただの一般人だ」
「何だと?」
「……そうさ、俺はもう軍人じゃない」
レインは弾倉を銃本体に戻した。血がドクドクと流れる足で立ち上がり、ギャプランの方へ銃を向ける。
「ただの一般人だぜ! カッコつけたがりのな!」
そう声を張り上げ、彼は自身の死地へ赴いた。
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