第45話・コールサイン『ロードランナー』⑥

 左から右へ振り抜いた銃把がクゥエル兵の頬を捉え、眼前の男は口を歪ませながらそのまま客車の床へ倒れ込んむ。

 奔った激痛に耐えられず、ビデオカメラを掴んでいた右手から力が抜け、繊細に扱われるべきその精密機械は重力に引かれ、音を立てて地面に落下する。


 狼狽えた残りのクゥエル兵たちが身体を震わせ、脚や脇の下に吊った拳銃に手を伸ばすが、レインは西部のガンマンを思わせる早撃ちでテンポよく連中の顔面を撃ち抜いた。

 飛散した赤とピンクの飛沫が発する鉄臭いにおいと、レインのUSPの銃口から立ち昇る紫煙が発する焦げ臭いにおいとが混じり合った、不快な臭気が客車の中へ霧散した。


「テメェ! ふざけんじゃ――」


 最初にのされたクゥエル兵が、怒鳴りながら身を起こそうとする。どうやら、多少のタフネスはあるらしい。が、レインはそちらを見もせず、右手だけで銃口を向け、弾倉の中に残っていた45ACP弾を、全発そいつに向かって叩き込んだ。

 

 連続する銃声が虐殺の調べを奏で、一発づつ男の頭部を削り取って行く。弾を撃ち尽くし、遊底が開き切った頃には、男の頭部は既に挽肉と化していた。


 レインはそれを睥睨し、床に唾を吐きかける。ジャケットの内ポケットから予備弾倉を引き抜き、淡々と再装填を行った。


(クソ野郎には相応の最期だ)


 彼は心の中でそう吐き捨てると、唖然とするガルタの女兵士を他所に、床に落ちたビデオカメラを拾い上げ、今しがた撮った録画を再生しながら言った。


「いい男がバッチリ写ってるぜ」


 それだけ言うと、レインはカメラを床に叩きつけ、ガラクタと化したそれをブーツの靴底で踏み抜いた。一瞬、バチッと電流が奔る音が鳴ったが、それを最後にその精密機械は永遠に沈黙した。


「レイン……なのか……?」


 シェラは声を震わせながら、怪訝そうに彼を見つめ返す。レインは彼女に顔を向け、言った。


「あぁ、そうだ」


 両手を広げながら、彼はおどけた様子で続ける。


「ハグでもするか?」


 気を利かせて軽口を叩いてみたつもりだったが、どうやら不発だったようだ。場を取り巻く空気は変わらず、ガルタの女兵士たちも沈黙したままだった。

 レインは恥ずかしさを紛らわすために、つらつらと言葉を続ける。


「あぁ、えーと……怪我人は俺が運ぶ。最後尾の――」


 その時、シェラが金髪を揺らし、腕を広げてレインの方へ飛び込んだ。咄嗟の事に対応しきれず、彼はシェラの体当たりを諸に食らって、後ろへ数歩よろめいた。

 背中へ回された腕がレインの身体を締め付け、肩の辺りに埋められた彼女の顔から漏れた吐息がジャケットヘ染み込んでいく。何かその辺りが湿っている様な気がするのは、彼女の涙や鼻水だろうか。


「……冗談のつもりだったんだが」


 レインは驚愕に目を見開きながら言った。シェラからの返事は帰って来なかったが、彼自身もそれは期待していない。


 その時、彼の視線が先頭車両の奥へ向き、途端に眼光が鋭くなる。


「……悪いな」


 シェラの肩に手を回し、ぐるりと身体を半身に回転させる。右手に持った銃を視線の先に持って行き、引き金を素早く二度引く。


 弾丸が銃口の先のクゥエル兵を捉え、また一人の命を奪い取った。


 シェラは、はっとしたように銃声の先へ顔を向ける。レインは視線を銃口の先に向けたまま、言った。


「続きは後だ。ここを離れるぞ」



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