第44話・コールサイン『ロードランナー』⑤

「やめろ!」


 シェラがそう叫んだのは、目の前の光景が我慢ならなかったからだ。屈強なクゥエル兵が四人、彼女の部下の一人に群がっている。敵兵に塞がれた口から絶えず悲鳴が漏れ出し、恐怖に見開かれた瞳から涙が滝のように流れ出していた。


 シェラ本人含め、残り三名の女兵士は全員取り押さえられ、抵抗もままならない。


 しかし、彼女が叫び声を上げた時、いやらしくガルタの女兵士の身体を弄るクゥエルの連中の手がピタリと止まった。その内の一人の顔がシェラの方へ向く。


「へぇ、やめて欲しいのか?」


 仮に悪魔が実在するのなら、そいつはこんな風に笑うのだろう。その男の顔を見た時、彼女がそう思うほど嫌な笑みを浮かべながら、そのクゥエル兵はシェラを挑発するように言葉を続ける。


「なぁ、隊長さん。俺達はただ働きしてやるほど人間が出来てねぇんだ」


 そいつは彼女の部下から手を放し、地面に押し倒されているシェラの顔を覗き込みながら言った。


「物を頼むなら、まず自分からってな」


 彼女から数歩後ろへ下がり、その男は、シェラを取り押さえているクゥエル兵に顎で指示を出す。それを受けたクゥエル兵が小さく頷き、彼女を乱暴に立ち上がらせ、彼女から足早に離れた。


「……何を?」


 戸惑いの表情を浮かべるシェラに、その場に居たクゥエル兵全員の淫らな視線が向けられる。その内の右端の一人が、懐からビデオカメラを取り出して、電源を入れたそれを彼女へ向けた。


「何を、じゃねぇんだよ。言ったろ? まずアンタからだぜ?」

「オッケー、電源入ったぜ」

「準備完了~」


 口々に放たれる言葉に、彼女は嫌なものを感じ取らずに入られない。


「ほら、隊長さん、脱げよ」

「なっ……!?」

「なっ、じゃねぇんだって、察し悪いな」


 溜息を付き、クゥエル兵が続ける。


「いい? 俺達だって好き好んで女なんか殴りたくねぇ訳よ。でもアンタ等抵抗すんじゃん? だから、仕方なくこういう事になってるって訳」


 到底そうとは思えぬような台詞をつらつらと吐き出しながら、そいつは言う。


「でも、アンタが自分から脱いでくれれば、ついでに抵抗もしてくれなければ、俺達だって少しは紳士的に対応するって訳。分かる?」

「そんな事――!」

「あぁ、嫌ならいいよ。おい」


 先頭のそいつが言うと、クゥエルの連中は面白くなさそうに息を付きながら、今まで押さえつけていたシェラの部下の方へ向き直る。


「ま、待て!」


 シェラが咄嗟に叫ぶと、先頭のそいつが待ってました、と言わんばかりの顔で彼女に振り返った。


「何?」

「……分かった」

「何? 何が分かったの?」

「……やるよ。やるから――」

「やるって何を? 主語がねぇよ、主語が」


 ニヤつきながら、確信犯で彼女を責め立てるクゥエル兵に対し、シェラは目を伏せ、歯を食いしばりながら言った。


「……脱ぐから、部下には手を出すな……っ!」


 しめた、とでも言う様に、先頭のクゥエル兵は、隣へ移動していた、ビデオカメラを持った男の肩を小突き、そいつからカメラを受け取る。


 シェラが自分の服へ手を伸ばし、羞恥心と抵抗しながら、それを引き裂こうとした、その時だった。


「よう」

 

 低い声が、列車内に響く。誰の声かは言うまでも無いだろう。客車中の視線が、その声の方へ向いた。


「レイン!?」

 

 彼の姿を視認し、シェラが驚愕の声を上げた時には、レインは反射的に自分の方へ向けられていたビデオカメラに掴みかかっていた。


「何だ、テメ――」


 先頭のクゥエル兵が言い終わる前に、彼は掴んだカメラのレンズを自身の方へ向け、拳銃を持った右手でピースサインを示しながら、言った。


?」



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る