第43話・コールサイン『ロードランナー』④
レインはザイツを引き倒すと、迫って来る右の拳を頭突きで出迎えた。加速しきる前のそれに仕掛けた不意打ちは、相手の右手首を突き崩し、鋭い痛みを発生させる。
クゥエル兵は咄嗟に手首を押さえて、右腕を引っ込めようとする。レインはそれを許さず、左手でその右腕を掴んで手前へ引く。下から振り上げた右肘が、右手首に回された左手を突き破り、敵の下顎へ炸裂した。
折れた歯が天井に跳ね返り、血反吐が吹き上がる。間髪入れず、レインは手刀をクゥエル兵の首へ振り抜き、さらに、呻き声を上げる彼の腹へ膝蹴りをお見舞いする。
体を折り、クゥエル兵の頭がレインの方へ傾く。既に彼の勝利は望み薄だったが、その行動が、彼の敗北を決定づけることとなる。
凄まじい衝撃と、鈍く重い痛みが、クゥエル兵の右の蟀谷を襲った。
半身に逸らしたレインの、左の膝蹴りがそこへめり込んだのだ。脳震盪を起こしながら、彼の身体は、頭に引かれる様にして左へ飛ぶ。
その先に建てつけられていたのは、客車用の分厚い窓ガラスだった。クゥエル兵はそこへ頭から衝突し、ガラスに突如現れた蜘蛛の巣状のビビに、割れた頭から流れ出した鮮血が入り込む。
ヒビの先へ行くごとに薄くなってく紅色が、バラを思わせるような模様が窓ガラスに浮かび上がった。
レインは既に戦意を喪失した敵の身体を引き起こし、今度は逆の方へ放り投げた。そのまま体を左へ回転させて、一回転。
右足の踵がクゥエル兵の顔面へ振り上げられる。岩を駆け上がるため、ゴツゴツとした突起物が飛び出たブーツの靴底が、彼の意識を削り取った。
敵の身体を客車の床に沈め、レインは十数人の取り巻きの方を睨みつける。彼らの方は、突然の闖入者に唖然とし、身体がピクリとも動かせないようだ。
「……どうした? かかって来いよ? 仲間が一人やられてんだぜ?」
レインは口角を歪め、歯を見せながら言った。
「何だよ? 手前等より細ぇ奴にしか粋がれねぇって訳か!? あぁ!?」
嘲るように裂けた口から、相手を見下げ果てた様子のヤジが飛ぶ。レインの怒号だ。
「だったら二人がかりでもいいぜ!? 一人じゃ何も出来ねぇもんなぁ!」
さすがにこの挑発には堪えかねたのか、取り巻き大勢の怒号が荒波の様にレインに襲い掛かる。
しかし、彼の顔は勝ちを確信する拳闘士のそれのままだった。
ビビったまま突っ込んで来た一人目は右ストレート一発で沈んだ。声を荒げながら、二人同時に突っ込んで来た二人目三人目は、側に除けられていた、花瓶を置くための台を手に取って対処した。
ただ、三人目から先は思い出せない。しかし、客車の壁や床に、歪なへこみが幾つか増えたのは事実だった。
レインは右肘を突き出して、迫って来る左の大振りを止める。左肘を敵兵の顔面にめり込ませ、続いて左へ振った右肘が敵の下顎へ炸裂する。
意識を失った敵兵は、そのままへたり込む様に床へ崩れ落ちた。
残るはあと一人。
レインが最後の一人の方を向いたとき、そのクゥエル兵は右足に巻いた拳銃を引き抜いていた。
ただ、その手は震え、顔は怯え切っている。おおよそ戦場を駆け回る兵士のそれでは無い。
(腰抜けが勢ぞろいって訳か)
鼻で笑いながら、レインは心の中で独り言ちた。
最後の一人がレインに向かって銃を向け、引き金を引く。が、怯え切ったウサギに狼が狩れるはずも無く。弾丸は明後日の方向へ飛ぶばかりだった。
レインは彼に寄り、拳銃の遊底を掴むと同時に相手の股間を蹴り上げる。彼の予想通り、敵は銃を手放して、情けなく股間を両手で押さえ、がら空きになった顔面に拳銃の銃把が振り下ろされる。
尻を突き出した状態で気絶した敵兵に唾を吐きかけると、レインはボロボロのザイツの方へ向き直った。
「大丈夫……では無いか」
レインが言うと、ザイツはその言葉を否定するかの様に立ちあがり、レインに吊り目を向けて言った。
「助けに来い、なんて言って無いぞ」
レインは鼻で笑い、言う。
「言われたら来るかよ」
ザイツもそれに答える様に小さく笑い、また顔を元に戻して、言った。
「銃をくれ。二人は俺が」
彼は眼下で震える白黒コンビに目をやって、言い、視線を再びレインに戻す。
「残りの敵は?」
「後ろは片づけてある。後は前だけだ」
「分かった。シェラは先頭車両に居る。何人かの女兵士もそこに連れて行かれた。何が行われているかは――考えたくない」
レインは舌を打ち、手に持った拳銃をザイツの方へ放った。それから彼は、先程自分で奪い取った拳銃を引き抜き、先頭車両へ続くドアへ向かう。
「最後尾の貨物列車に向かえ。そこにナギもいる。これからの行動は彼女に」
「お前はどうするんだ?」
レインが淡々と告げると、ザイツが問う。
「俺は、お楽しみをぶち壊してくる」
「そうか」
ザイツはそれだけ言うと、白黒コンビの腕を引いて立ちあがらせ、後方車両へ続く扉の方へ向かった。
「おい」
レインが自身の眼前にあるドアノブに手を掛けた時、ザイツの声が響き渡る。
「彼女を頼んだぞ、レイネス・フォーミュラ」
レインは満足そうに鼻で笑い、言った。
「任せときな、ザイツ・シュピーゲル」
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