第38話・追跡⑩

 モーテルの受付で一泊分の料金を払っていると、着替えを終えたナギがやって来た。頭に帽子、防弾コート。昨日と同じ装いだ。

 

 彼女から部屋の鍵を受け取って、カウンターを挟んだ向こうに居る管理人にそれを返し、二人は建物の外へ出る。

 レインは正面に停めていたKLR650にナギを乗せた。足は随分とマシになったようで、彼女は最初に乗せた時よりも軽やかにリアシートに跨った。


 ナギはコートの前ボタンを留め、腹部のベルトを締める。レインもバイクに跨り、エンジンをスタートさせる。


「レイン、待って」


 彼女が言い、左手のブレスレットからホログラムを展開させた。手を通す際に、一度電源を切っていたようだ。

 表示された赤い点はずっと先を走っている。動く速度は昨日と同じくらいだ。


「また装甲車か」

「だと思う」

 

 短く言葉を交わした後、レインはバイクを発進させた。

 

 ザイツらの車列を追って暫く走っていると、ホログラム上の赤い点が滑る様に左へ動いた。


「何だ?」


 腰に回された腕から浮かび上がるそれに、目を落としたレインが呟く。


「どうしたの?」

「赤い点が急に横へ動いたと思ったら、それから動かなくなった」

「それって、バレたって事?」

「かもしれない。マズいな、少し急ごう」


 レインは背後に目を配りながら言い、バイクのギアを落とす。


「ちょっと飛ばすぞ」

「コケないでね?」

「保証はできない」

「してよ!」

 

 ナギの叫び声をエキゾーストノートでかき消し、レインのバイクは加速した。




 結局コケることは無く、レインは無事にブレスレットが示す赤い点まで辿りついた。

 歩道の上、排水溝近くに置かれていブレスレットのすぐ隣にバイクを停め、彼はそれを拾い上げる。


 落ちていたそれには、所々に傷が付いていた。ただ、明らかに壊そうと意思を持った人間に付けられた、という様なものでは無く、何処かにぶつけたとか、地面に落としたとか、そういう感じの傷のつき方だ。


「これだけ?」


 レインがそれを手の内で回したり、突いたりしていると、背後から寄って来たナギがブレスレットをひったくり、慣れた手つきで電源を入れる。


「見て、これ」


 彼女が二、三度手を動かし、ブレスレット内に保存されたメッセージを表示させた。


〈最後尾は貨物車両。ワルキューレアーマーを格納。先頭車両は上官専用。二両目から三両目は客室〉


「……列車か?」


 表示されあたメッセージを見て、レインがポツリと呟く。その時、ナギのブレスレットから機械音が鳴り、別の点がホログラムの中で動き出した。


 青いその点は一方向へ、一直線に移動していた。その速度は赤い点が動いていた速度よりずっと速い。


「これ、ザイツのブレスレットか」

 

 レインはナギの手に握られたブレスレットに目を落としながら言う。


「で、この青いのは……」

「シェラだと思う。昔、青が好きだって言ってたから」

「なるほど。列車の中がどうなっているかを教えるために、ザイツはブレスレットを捨てた訳か」

「彼、頭が切れるから。でも、どうするの? すごく遠くへ行っちゃってるけど」


 レインは踵を返し、バイク方へ向かう。


「速度は大丈夫、電車には追い付けるはずだ。問題はどうやって乗り込むか」


 彼はナギに目をやって、言った。


「考えはある。だが、かなり怖い思いををする」


 彼女はしっかりと開いた目をレインに向け、返した。


「大丈夫。その位の覚悟は出来てるつもり」


 レインは頬を歪め、言った。


「上等だ」





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る