第39話・追跡⑪
迫る木々が凄まじい速度で後ろへ流れて行く。地面の轍に合わせ、サスペンションが勢いよく上下した。ハンドルに乗っかかるような形で、撥ねる車体を地面に押し付け、不安定な土道を抜けて行く。
宣言通り、ナギを怖い目合わせる事となった。心苦しいのは、これが序の口だという事だ。
レインはスロットルを大きく開き、唸る短気筒ディーゼルエンジンが後輪を振り回す。道なき道の轍を駆け上がり、軍用バイクの車体は小さく宙を舞った。
飛んだ先が較的平らな地面だったのが幸いし、十分なストロークを確保されたKLR650の前後サスペンションが着地の衝撃を和らげる。しかし、男女二人は定員オーバーだったようで、後輪が少し左へ流れ、ガタつく砂利道がホイールスピンを誘発した。
小石を巻き上げ、倒れ掛かる車体を、レインは巧みなハンドル操作と体重移動でやり過ごす。
バイクを立て直し、彼は隣を走る鉄塊に速度を合わせ、言った。
「よし、今だ!」
彼の隣に走っているのは、ザイツやシェラ達を乗せた件の列車だ。ナギのホログラムの青い点は未だ先頭車両辺りで止まっている。
すぐ隣、最後尾の貨物車両から発せられる、鉄の車輪とレールのつなぎ目とが衝突するやかましい走行音が、バイクの排気音に覆いかぶさっていた。
レインが一言叫ぶと、ナギは意を決したように息を吸い、その貨物車両に飛び移った。車両と車両を繋ぐための連結部に足場があり、そこに取り付けられた転落防止用の鉄柵に飛びつき、そのまま鉄棒で前転する様に足場へ転げ落ちる。
彼女は痛む額を押さえながら立ち上がり、振り返ってレインに親指を突き出した。
「ナギ!」
貨物車両の扉に手を掛け、今まさに中へ乗り込もうとするナギに対し、レインは声を張り上げる。彼女がその声へ顔を向けると、レインは腰から拳銃を抜き、それを下から掬い上げる様にナギの方へ放り投げた。
危なげない手つきで彼女はそれを受け取って、両手で銃把を保持する。
「持ってろ!」
レインは言い、右手をハンドルに掛け、スロットルを煽る。その時、ふと列車の進行方向を見たナギが叫んだ。
「危ない!」
反射的にレインは前を向き、それと同時に左へ体重を掛ける。彼の目に一瞬映ったのは、間近に迫った標識の支柱だった。
あと少し彼の反応が遅れていれば、その標識に正面から衝突し、彼の身体は地面へ投げ出されていたに違いない。一瞬早く反応した彼は、辛うじて支柱との正面衝突を回避する。が、衝突コース上に取り残した右のサイドミラーが八十五キロの速度で支柱と接触し、ちぎれ飛んだそれが、行きかけの駄賃とでも言わんばかりにバイクのハンドルを奪い取った。
無理やり右へ切られたハンドルにつられ、車体がぐらりと左右に振れる。たまらずバランスを崩し、後輪が大きく左へ流れ、バイク本体が右へ倒れ込もうとする。
レインはハンドルを思い切り左へ切り、右足を地面に立てる。スロットルをミリ単位で調節し、ブーツの靴底を削り飛ばしながら、後輪を成すがままに滑らせる。
グリップが回復したところでスロットルを煽ってバイクを立て、そのまま直進して車体を立て直した。
(あっぶねぇ……)
心の内で冷や汗を掻きながら、レインはちぎれ飛んだ右のミラーに目をやった。
「悪いな」
彼は小さく笑みを浮かべ、スロットルを大きく開く。エンジンが唸り、後輪がさらに砂を巻き上げる。
バイクを右へ倒し、その先の切り立った轍へと、レインはバイクを加速させた。
その先に道は無く、速度の乗った車体はそのまま宙へ投げ出される。
列車の屋根を優に超える程の高さへ飛び出し、レインは空中でバイクを捨て、列車の屋根の上へ飛び乗った。
着地と同時に身体を転がし、衝撃を分散させる。例の五点着地法だ。
投げ出されたバイクは列車の屋根を通り越し、その車体は流れて行く大木に打ち付けられ、派手な音と共にへしゃげる。
廃車確定だ。
レインは屋根の上で立ち上がり、そして、言った。
「ロードランナー、
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