第33話・追跡⑤
「安全運転で、って言ったのに!」
風を切って進むバイクの上で、ナギはレインの背中に顔をうずめて喚いた。彼の前に回した腕に力が入り、それがレインの腹を強く締め付けている。
雪道を抜け、舗装路に出た時点で彼はスロットルの開度を上げ、道路の流れに乗れる位の速度に上げただけだったのだが、お嬢様のナギはこういう乗り物には乗ったことが無かったらしく、五十五キロ程の風圧で縮み上がってしまっているようだ。
彼女の腕輪から浮かび上がるホログラムがザイツの位置を示している。
レインはクゥエル帝国軍の車列を追い、彼等が走った後を追走していた。ただ、姿を見られるのはマズいと判断し、十分に距離を放している。
ナギはどうもバイクが傾いたり、前や後ろへ引く小さなGですらも怖いと感じている様で、停車や発進、交差点を曲がる際には腕の力が一層強くなる。
レインがそう言った動作を取る際、毎度彼の腹がギュッと締めあげられるのだった。
(痛ぇ……)
いくら華奢な少女の身体とは言え、そういう状況では塵も積もればなんとやら、だ。彼は常に襲い掛かって来る鈍く、絞られるような腹の痛みと格闘し続けながら、バイクを走らせなければならなかった。
レインは突如バイクの速度を落とし、路肩に停める。地面に足を着いて、じっと前を見つめた。
「どうしたの?」
怪訝そうにナギが問う。彼女は身体を右へ曲げ、レインと同じ方向へ目を向けた。
「あれって……」
「駐屯地だ。恐らく」
レインが言う。二人の視線の先にあったのは、頑丈なコンクリートの塀に囲まれた軍事施設だった。唯一出入りが可能な鉄の門が彼等の方を向いて建てつけられている。コンクリート打ち放しの無機質な建物が塀から頭を出しており、すぐ隣には航空機の格納庫の屋根が覗いていた。
「もしかして、あの中に?」
「そうだな」
「ここが敵の基地だったのかな?」
「いや、恐らく違う」
「どうして言い切れるの?」
「迷彩の色だ」
レインはそう言って、入口の門の前に立っていた門番を指差す。門番の男が来ている迷彩は、シェラ達を攫って行った部隊が身に着けていた、灰色を基調としたデジタル迷彩では無く、黒を基調とした都市部戦用の物だった。
「あそこへは補給の為に寄っただけだろう」
「乗り込むの?」
「まさか。ハチの巣にされるだけだ」
「でも、ザイツの腕輪は……」
「見つからないのを祈るしかないな」
彼は言い、そして続ける。
「ただ、連中がまた車で移動するとも限らないのが厄介だ」
「それって、もし航空機でも使われたら……」
「万事休す」
レインはそう言うと、ナギの方へ顔を向け、言った。
「ヘリでもチャーターするか?」
彼の軽口に、ナギは押し黙ったままだ。シェラ達の事が相当心配なのだろう。
「中の連中に任せるしかないな。ただ、咄嗟にGPSを起動させる位の機転は利く奴は居るんだ。早々最悪の状況に持って行かれることは無いはずだ」
レインはスタンドを下ろし、バイクのエンジンを切った。
「さぁ、降りよう」
そう言って、ナギをバイクから降ろし、自分も降りた。
「何するの?」
突然の事に、不安げな表情を浮かべながら、ナギは小さく声を上げる。
「何って、宿を探すんだ」
「宿?」
「あぁ、あとアンタの服も。コートの下に薄着一枚じゃさすがにはしたないだろ?」
ナギは身体を隠すように腕を回し、赤面する顔をレインに向けて、言った。
「……エッチ」
「ヘへッ」
レインは鼻を鳴らしたように笑う。気の利いたセリフが見つからなかっただけだ。
「後、飯だ。鼻が減っては戦が出来ぬ、って言うしな」
彼はジーンズのポケットを叩きながら言う。
「アンタの上官はさすがに財布までは取り上げなかったらしい。退職金のボーナスが出てたはずだから、食べたい物を何でも言ってくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます