第34話・追跡⑥
どうやら、レインの退職金の三分の一はナギの胃袋に消えるようだ。彼は目の前の狭いテーブルに所狭しと並べられた大皿を見ながら唖然とする。ざっと数えても十五品程の料理が並べられているというのに、この後さらに十品が厨房に控えているのだ。
さらにレインの気を引いたのは、ナギの食欲そのものだ。並んだ料理を既に五品は平らげている。それぞれ山の様に盛られたサラダとスパゲティとカレーとハンバーグを二皿だったはずが、彼女はそれをぺろりと平らげ、更に次の皿を手前に引き寄せている所だった。
「食べないの?」
ナギはふと顔を上げ、正面に座るレインに言う。
「……あぁ、いや」
レインは急に声を掛けられ、歯切れ悪く答える。正直、食欲が引っ込んでしまったのは事実だ。目下のフォーと言う何処かの東側の地域の郷土料理に、手に持った箸を突っ込んだまま、呆然と目の前の少女を見つめていた。
何時かマックスが持って行った、あの岩石の様な肉では足りなかったのではないだろうか。レインはそんな事を考えながら、米で出来た麺を一啜りする。
「ねぇ」
ナギが突然手を止め、レインから目を逸らして言った。
「うん?」
「こんな事していいのかな?」
「良いも悪いも、これぐらいしかすること無いしな」
レインはそう言って、お椀を両手で包み、汁を啜る。
「……こんな食うとは思わなかったけど」
お椀で顔を隠しながら、レインが呟いた。その声はナギに聞こえていたらしく、彼女はテーブルの上に視線を回す。
「……あっ」
彼女の目が一瞬大きく開かれ、口が困惑の形に開かれる。視線はレインから逃げる様に右上へ向けられていた。
「えーとぉ、これは……」
「金額見て凹む前にさっさと食っちまってくれ」
箸を持った腕の肘を立てた状態で麺を啜りながら、レインはぶっきらぼうに言った。
「ごめん、服まで買ってもらったのに」
ナギは今帽子を被っていて、ボディスーツの上にはタイトな黒のタートルネックと膝上十センチ程のショートパンツと言った出で立ちだった。細い足には今までも付けていた黒いニーソックスを履き、ガルタ公国軍のブーツが踝辺りまでを覆っていた。
防弾コートは丁寧に畳まれた状態で、彼女の隣に置かれている。
「帽子、似合ってる」
レインが言う。ナギはそれに手を持って行き、言った。
「ホント?」
「あぁ」
汁を啜りながらレインは答える。勢いよく吸い込み過ぎて、少し舌を火傷した。
「熱っ」
顔を顰め、舌を出しながらレインはテーブルの上に置かれた水のグラスに手を伸ばし、中の水を口に放り込んで舌を冷ます。
その間にも、ナギはもう一品を食べ終わっている。彼女は次の料理に手を伸ばしていた。
「しかしよく食うな」
レインが驚嘆混じりに言った。ナギは少し顔を暗くし、苦笑を帽子で隠しながら答える。
「ちょっとね……」
「ちょっと、何?」
「……実は――」
彼女は意を決したように口を開くが、力なくそれを閉じると、胸を逸らすように顔を上げ、言い放った。
「女の子に失礼なこと聞くんじゃありません!」
「え?」
「秘密の一つや二つあるものなのです!」
「いやまぁ、それはそうだけど――」
「この話終わり! 今はご飯食べるの!」
「そう言ったって、今のは――」
「ウェイターさーん」
中々引き下がらないレインに対し、ナギは後ろを向いて、レストランの奥の方へ声をかける。
「追加注文お願いしたいんですけど~」
「ホントすいませんでした」
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