第32話・追跡④
ナギは着せられた外套に渋々腕を通すと、前のボタンを留める。痛む足を庇いながらゆっくりと立ち上がって、歩き、バイクの隣で止まる。
「どうした?」
レインの問いかけにナギは暫く押し黙ったままだったが、顔を赤面させながら意を決したように言った。
「……高い」
リアシートに手を置き、しきりに自分の身体を持ち上げようとしているが、彼女の腹部までしか持ち上がっていない。ナギは不承不承と言った様子で恥に燃える顔をレインの方へ向け、視線だけを彼から外しながら言った。
「……手伝って!」
レインは彼女に寄り、腰と脚を支える様にして彼女を抱え上げる。敵のワルキューレから逃げる時にやった、お姫様抱っこの態勢だ。
「よっ、と」
彼は軽々と彼女の身体を、自身の胸のあたりまで持ち上げ、リアシートに横向きに座らせる。タンデムステップを展開し、そこに足を乗せる様に促した。
「あまりいい乗り方じゃないが」
そう言うと、彼はまずステップに足を掛けた。バイクのサイドスタンドが軋み、ギギギと悲鳴を上げる。後ろに座ったナギを蹴り上げないように注意して足を回して、ストンと尻を落とす様にKLRに跨り、スタンドを払った。
「ちょ、ちょっと!」
ナギが声を上げる。レインはギアをローに入れながら彼女の方へ首を回した。
「うん?」
「安全運転で……お願いします……」
「シェラ達を追うから、少し飛ばすことになるかも」
「え!?」
「冗談だ。まぁ、気を付けるよ」
レインはそう言うと、スロットルを回してエンジンの回転数を上げる。
「待って!」
その音に負けないよう、ナギが声を張り上げた。
「何?」
「これ、どこ持てばいいの?」
「あー、後ろのキャリアとか?」
「嘘じゃない?」
「何でこんな時に嘘つくんだ」
レインが言うと、ナギは後ろのキャリアに手を回し、掴む。
「出していいか?」
「……うーん、しっくりこない」
「そうは言っても――」
彼が再び首を回そうとした時、ナギがレインの腰に腕を回し、腹の辺りで手を結んだ。
「……それ、あまり安全じゃないらしいが」
「いい、出して」
「あ、そう」
レインは戻していたスロットルを再び捻り、クラッチを慎重すぎる位にゆっくりとに繋いだ。
移動手段にバイクを選んだのは大正解だった、とレインは跨ったそれを走らせながら胸の内で独り言ちる。
(ただ、コート渡すんじゃ無かったな)
彼がそのように小さな後悔の念を抱いたのは、背中に当たる二つの膨らみのせいだろう。少し前に夜の海上を舞った時には首のすぐ後ろにあったそれは、今は彼の肩甲骨のすぐ下あたりに位置している。
とは言え、彼の性格を考えれば、件のコートが見つからなければ自分のジャケットを渡していた筈だ。
そう言えば、と彼は思った。
自分の身体に回された腕は細く、彼女の身体は背中越しでも分かるぐらいとても華奢だ。カークやマックス達の様な、戦う者の身体とは程遠い。
(ウチらの軍は人員不足でな)
そう告げたシェラの表情をふと思い出す。これも、そのしわ寄せなのだろうか。
戦う意思も無い少女を戦場に駆り出し、鎧を着せて無理くり空へ飛ばすことが?
「……胸糞悪ぃ」
レインはぼそりとそう呟く。
その声はエンジン音にかき消され、幸い後ろのナギには届いていないようだった。
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