第29話・追跡①
レインはナギを再び背負い、雪の上を歩き始める。時刻は六時半を回った辺りで、傾いた太陽が遠方に聳え立つ峰々に見え隠れしている。
空は既に薄暗い。闇に紛れる事が出来るので、レインにとっては好都合だった。
「何処行くの?」
「取り敢えず、足を調達する」
ナギの問いかけにレインは短く返し、彼は足を進める。
暫く歩き、見えてきたのはガルタ公国軍の車列の残骸だった。かつてレインが乗せられていた兵員輸送車は今やただの鉄塊と化し、横倒しのトラックから漏れたオイルが積雪に茶黒く染みこんでいる。
それを取り囲むようにして、クゥエルの地上部隊が散開していた。傍らには雪景色に紛れるようなデジタル迷彩が施された軽装甲車が停められている。通称、LMVと呼ばれる車両だ。
レインは素早く木の影へ移動し、ナギを一旦地面に下ろす。
「あれをもらうの?」
彼女はLMVを指差しながら言った。
「いや、アレは目立ちすぎる。もっと何か――」
連中の方に目を向けたまま、レインが口を開く。彼が途中で言葉を切ったのは、地上部隊の一人が地面に倒れていた二輪車を引き起こしたのが眼に入ったからだ。
そのタンカラーに染められた二輪車はKLR650という名称のデュアルパーパスタイプのバイクで、元々搭載されているガソリンエンジンがディーゼルエンジンへ乗せ換えられている、という点以外では特段変わったバイクではない。
にも拘らず、レインがそれを見て言葉に詰まったのは、そのバイクが彼のリーザ共和国軍に正式採用されていたモデルだったからだ。
「丁度いい、アレにしよう」
レインはそのバイクを指差し、ナギに同意を求めるように言った。
「分かった。でも、敵が居る」
ナギはレインを見上げ、言う。
「どうするの?」
「上着を返してくれるか?」
レインは彼女の方へ左手を伸ばした。怪訝そうな表情を浮かべながら、ナギは深緑のジャケットを脱ぎ、レインに渡す。
レインはそれを着ると、脚の拳銃をホルスターから抜き、ジーンズのベルトに挟んだ。背中側へ逆手に差したそれをジャケットの裾で覆い隠すと、ホルスターを外してナギへ渡す。
「持ってろ」
彼はそう言うと、小細工無しで木の影から出て、敵部隊の方へ歩いて行く。その躊躇の無い足取りに、ナギは急に不安を覚えた。
よくよく考えれば、レインに彼女を助ける理由など無い。更に、敵の地上部隊は全員ライフルとボディアーマーで武装している。まともにやり合って、果たして勝ち目があるのだろうか?
極めつけに、彼はナギと同じ国の人間でもない。そんな相手に命を張る必要が何処にある?
ここで自分を売り渡したって、誰が彼を責められるのだろう。
「レイン! 待っ――」
離れて行くレインの背中に手を伸ばした彼女が見たのは、敵部隊の一人に親し気に話しかける彼の姿だった。
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