第28話・『一般人』レイネス・フォーミュラ⑦
少し離れた位置の集団をいち早く捉えたレインは、ナギを背負ったまま近くの茂みへ身を隠した。彼女はいきなり足を速めた彼に少し驚いていたが、茂みに飛び込む頃には事情を察し、息を殺す。
ナギはレインの背中から降り、彼の隣で膝を付いた。レインは音が出ないようにゆっくりと脚の拳銃を引き抜き、掛けていた安全装置を下ろす。
(いつ見ても嫌な光景だな)
レインは心の中で呟く。彼の視線の先に広がっていたのは、今まさに捕虜に成り果てようとしている敗残兵が地面に膝を突かされている光景だった。
頭に手を回す集団の先頭に居るのはシェラとカイエとレーナだ。頼みの綱のワルキューレの無様な姿を見せる事によって、ガルタ兵士全体の士気を下げる魂胆だろう。
「とっても優秀な指揮官だ事で」
敗残兵らの視線の先に居た、灰色の機体を纏う顔に傷のある男を見ながら、レインは小声で独り言ちた。
彼らを取り囲むようにして、軍用ライフルを携えたクゥエル帝国軍兵士が睨みを利かせている。少し高い位置には灰色のワルキューレが二機待機していて隙が無い。
「……ソッ! ……せ!」
喚き声がレインの居る位置にまで聞こえて来た。短髪の緑髪を振り乱してクゥエルの戦闘兵二人に抵抗しているのはザイツだ。
彼は自身の顔を覗き込んだ灰色髪の指揮官に対し、口を尖らせる。指揮官が右手で顔を拭った様な仕草を見せた事から察するに、どうやら唾を吐きかけたようだ。
「あの馬鹿……!」
レインはつい口が悪くなる。ザイツが指揮官に首を掴まれ、上に持ち上げられるのが見えた。
腰を浮かせ、茂みから飛び出そうとしたナギの肩を、レインは左手で引き戻す。後ろに倒れ込んだ彼女の鋭い目がレインに向けられる。
「どうして!?」
「行ってどうする? こっちには拳銃しかない」
「でも、このままじゃ彼が!」
「死ぬな」
レインは無慈悲なまでに端的に言い放つ。
「でも、それが戦場だ」
ナギの目が見開かれ、やがて悔し紛れにレインから視線を逸らす。自身の無力に打ち拉がれ、喉から詰まるような音を鳴らすのが聞こえた。
失望させただろうか?
感情を殺し、淡々と事実を述べたつもりのレインだったが、彼は彼でリンクス対物ライフルを放り出した己の判断ミスを呪っていた。CZ75を握る右手が震え、食いしばった歯のせいで顎が痛い。
が、指揮官はザイツを放り出し、隣の女兵士に注意を向けた。地面に倒れ込んだザイツは兵士二人に無理やり立ち上げられ、敗残兵の列の一番後ろへ連れて行かれる。
その時だ、たまたまレインが隠れていた茂みの方へザイツが眼を向けた。レインはそれを見逃さず。わざと雪の下から掘り返した小石を茂みの外へ転がす。
ザイツが眼を見開き、次に茂みの方を注視した。
ザイツとレインのの視線が交わる。
レインは左手の人差し指を唇の前に持って行く。静かに、の合図だ。
ザイツは彼を見ても、何の反応も示した様子は無かった。だが、敗残兵の最後列に膝を突かされた彼は、兵士二人が離れて行くと、隙を見て左手に付けたブレスレットを起動させる。
ナギのブレスレットがチカっと赤く点滅し、ホログラムが起動した。その光は運よく誰にも見られていなかったようだ。
或いは、彼がそのタイミングを見計らったのだろうか。
ザイツの居る座標が赤い点で示される。レイン達のすぐ前方だ。
その直後、クウェル帝国の兵員輸送車が五台ほど到着し、敗残兵を迎える様に後部ハッチが開いた。ガルタの兵士たちは列を成す幽鬼の様に力ない様子でそこへ押し込まれて行く。
だが、最後部のザイツはハッチをくぐる前にレイン達の方を振り返り、鋭い視線を彼の方へ飛ばした。
(助けに来いって訳か?)
レインは鼻で笑い、茂みから立ち上がる。
兵員輸送車のエンジンが点火され、発進する。ワルキューレ部隊がその後に追従し、レインとナギを雪の平原に置き去りにした。
口角を上げ、レインはニヤリと笑いながら言う。
「上等だぜ。もやし野郎」
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