第27話・『一般人』レイネス・フォーミュラ⑥
「これで全部か?」
シェラの前に立った、銀髪の男がぶっきらぼうに言った。左目に痛々しい傷跡が奔っていて、ギロリと睨む三白眼が不気味な男だった。歳はレインの少し上ぐらいだろうか。
そいつは男にも関わらず灰色のワルキューレアーマーを纏っていて、手に携えた長距離狙撃用のレーザーライフルから伸びたケーブルが背中のコンデンサーへ続いている。
男の名はカイン・ギャプランと言うらしい。階級は大佐。今までに交わされたギャプランとその部下たちとの会話をシェラが盗み聞き、判明したことだった。
ナギやザイツを撃ち落とした、スナイパーの正体だ。
戦闘に敗北したガルタ公国軍の兵士たちは、全員武器を奪われ、冷たい雪の上に膝をつかされていた。両腕は帝国軍兵士たちによく見えるよう、頭の後ろに持って行くよう命令されている。
反抗した兵士は容赦なく撃ち殺された。
シェラの隣では、ボディスーツ一枚の白黒コンビが寒空の下で震えている。彼女たちに何もしてやれないのが、シェラには耐えがたかった。
「いえ、まだ二人――」
「クソッ! 放せ!」
ギャプランの隣に居た女兵士が口を開いたと同時に、聞き覚えのある喚き声がした。今まで逃げ回っていたザイツがついに捕らえられたようだ。
彼は両腕を屈強な帝国軍兵士二人に掴みあげられ、ギャプランの前に突き出される。
「フン、男の方か」
自身の顎に手を当てながら、ギャプランはザイツの顔を覗き込む。ザイツは近づけられたその顔面に唾を吐きかけ、してやったぜ、と言いたげに得意げな笑みを浮かべた。
ギャプランは顔に飛び散った唾を右の掌で拭い、サディスティックな笑みを浮かべる。銃把を握り直し、左手をライフルから離してザイツの首元を掴みあげた。
そのまま上へ持ち上げられ、ギャプランの手が彼の喉元に食い込む。ザイツはその手を引き剥がそうと両手で相手の指を掴むが、ワルキューレアーマーを纏った相手に腕力で勝てるはずかなかった。
「相棒は何処に行ったんだ?」
「相……棒……?」
ギャプランの問いかけに、ザイツは圧迫される喉を無理やり動かして唸る。
「あのオッドアイの女だ。我々の第一目標はあの女でな」
「知った事かよ……! 殺すならさっさと殺せ……!」
ザイツはあくまで強気に答えるが、ギャプランは鼻を鳴らし、彼を地面に落とす。雪の上でむせ返るザイツの身体を帝国軍兵士が無理やり立ち上げ、捕虜の一団へ加えた。
「……ホーク2とホーク3は? アイツ等は何をしている?」
ギャプランはすぐ隣の女兵士に問いかけ、彼女は耳から吊った通信機を操作した後、答えた。
「戦闘で損傷した模様です。現在、回収部隊を向かわせています」
「損傷? アイツ等、飛べもしないワルキューレに一杯食わされたという訳か?」
ナギを撃ったのは、彼自身だ。ほぼ行く末の決まった敵女兵士の回収に部下を二人も派遣したのは、念には念を入れる彼の性格を考えれば当然とも言える。
ただ、今回は詰めが甘かったという事か?
「いえ、それがどうも違う様で……」
「違う? どういう事だ?」
彼が問い詰めると、女兵士は再び無線機に手をやり、少ししてから答えた。
「地上です。地上から攻撃を受けたと」
「地上?」
「はい。対物ライフルとスティンガーミサイルだとか」
そう言った女兵士の言葉を、シェラは聞き逃さなかった。
幾らお嬢様とは言え、ナギも軍人。ある程度の徒手格闘や小火器の扱いは頭に入っている筈だが、シェラは彼女が対物ライフルやランチャー等の重火器に触っていた所を見たことが無かった。そんな彼女が、ぶっつけ本番でそれらを扱えるのだろうか?
いや、否だ。
では、誰が?
自問自答する彼女の頭の中に、一人の人物が浮かび上がる。
まさか、レイン?
恐らくそうだ。いや、そうとしか考えられない。
そう結論づけた彼女の頭にはもう一つの謎が浮上する。
どうして、彼が?
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