第26話・『一般人』レイネス・フォーミュラ⑤
「怪我は?」
レインは洞穴の外に耳を傾けながら、ナギに問いかける。どうやら、敵のワルキューレが戻ってくる気配は無い。
「無い……と思う。けどアーマーが――」
「あんなもん、どうにでもなるだろ」
彼は言うと、ナギを下ろし、CZ75を足から引き抜いて洞穴の中で中腰になる。拳銃を両手で構えながら、念入りに外を見回した。
地上部隊が駆けつけてくる気配も無い。どうやら、ひとまずは安心の様だ。
レインは銃を下ろし、ナギの方に顔を向けて言う。
「立てるか?」
ナギはゆっくりと立ち上がる。が、膝を伸ばそうとした時、鋭い痛みが奔り、彼女は尻もちを付いた。
「痛っ……!」
レインは拳銃を右手に持ったまま彼女に寄り、膝の辺りに目をやる。捻挫程重症では無いが、どうやら墜落した際に捻ったようだ。
「どんな感じ?」
ナギが恐る恐る聞く。レインは喉を鳴らし、答えた。
「二、三日すれば痛みは引くと思うが、あまり動かさない方が良いな」
そう言って、外に目をやり、続ける。
「とは言え、こんなところに長居するわけにもいかないし――」
少し考えを巡らせた後、レインは言う。
「よし。背負って行こう」
「え?」
「え? って歩けないんだろ?」
「そうだけど……」
「なら決まりだ」
寒そうに腕をさするナギに、レインは自分の上着を掛け、後ろを向いて腰を下ろす。
「ほら」
「ほらっ、て……でも……」
「早くしないと熊が返って来るぞ」
「熊!?」
「熊。こんなところに洞穴を掘る奴なんざ熊しかいない。ほら、早く。餌になるのは御免だ」
ナギはモジモジと躊躇していたが、レインに脅され、肩に掛けられたジャケットに腕を通し、渋々彼の背中に這い上がった。
両手をレインの首へ回し、レインはレインで彼女の足を支える。
「……重いとか言わないでね」
「うっ……」
レインは外へ向かって歩き出す。が、今しがた発した一言で、一気に雰囲気が気まずくなった。
「……うっ、て何?」
「……何でもないです」
彼は上ずった声で、敬語で返す。背中のナギが首を回し、ふくれっ面でそっぽを向いた。
「……もう知らない」
「悪かったって」
体がずんと重くなる。レインに背負われたナギは、異様な体のだるさを感じていた。
全身を倦怠感が包み、呼吸をするための横隔膜さえ重く感じる。仮に足が万全の状態だったとしても、彼女は恐らく歩けなかっただろう。
右、左、右、左、とレインの身体は前に出す足に合わせて左右に揺れている。軽い少女の身体とは言え、人を一人背中に背負った状態で歩いているにしては、レインの足取りはかなり速い方だと言える。
「……使わなきゃよかった」
ナギは、そうぽつりと呟いた。
ドライブシステム。
シェラの部隊の中で、彼女だけが唯一使えるシステムだ。一定時間彼女が纏ったワルキューレアーマーの性能を爆発的に上昇させるが、それ相応の対価が発生する。
それが今、彼女が患っている倦怠感の正体だった。シェラによると、システムの起動時間が長ければ長いほど、深刻な症状が引き起こされるらしい。
最悪、死に至る。だが、それを知っているのはシェラだけで、ナギ本人にさえも伝えられていない。
それ故に、シェラはナギにシステムの起動を禁じているのだった。
そんな事は露知らず、ナギはレインの首に回した腕に少しだけ力を入れ、心の中で呟く。
(でも、そんなに悪くないかも)
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