第21話・雪上の奇襲⑥
右手のバルカン砲が轟音を上げる。毎分六千発の振動がナギの細い腕を振り回し、厚い白雲が覆う空に二十ミリの弾丸を撒き散らす。
照準の先に映った敵のワルキューレは回避マニューバをとって降り注ぐ弾丸を躱し、隙を見て右手にマウントされた四十ミリカノン砲を彼女に撃ち返す。
ナギのすぐ側で近接信管を搭載したカノン砲の弾頭が爆発する。彼女は機体をロールさせて爆風をいなした。
更に放たれた二発目を躱すため、脚部サブブースターを点火して空中で反転。頭を下にしてメインブースターを点火し、急降下。
横目で四十ミリカノン砲を持った敵機が背後に付くのを確認する。
〈警告 ロックされています〉
彼女のワルキューレアーマーに搭載されたAIがアラート音と共に冷たく告げる。
「掛かった!」
ナギは再び脚部サブブースターを点火、地面スレスレで背面飛行に移行し、背中のメインブースターをフルスロットルで稼働させる。地面の積雪を白煙にまき散らしながら、バルカン砲を追跡者に向ける。
追跡者は狼狽甚だしく、一瞬遅れて脚部サブブースターを点火する。
「遅い!」
バルカン砲の六列砲身が加速を終え、敵機に向けて弾丸を吐き出した。
追跡者の翼や脚部装甲を削り取り、背部のメインブースターを炎上させる。敵機はそのまま積もった雪の中へ墜落し、黒煙が空に吸い込まれて行った。
ナギは姿勢を変え、急上昇する。
『ヴァルチャーツー! 後ろだ!』
ザイツの声が右手に付けたブレスレットから響いた。彼女は急遽後ろを顧みる。斧の様な武器を振り上げた灰色のワルキューレが、ナギのすぐ近くまで迫っていた。
彼女は反射的に目を瞑り、頭を庇う。直後、鋼鉄と鋼鉄がぶつかる甲高い音が響いた。
ナギはゆっくりと目を開ける。
「ザイツ!」
彼女の目に映ったのは、灰色の機体と鍔迫り合うザイツの姿だった。ワルキューレアーマーを装着した彼は、手に持った高周波ブレードで敵の斧を受け止め、それらが火花を散らしている。
「エンブレス! コールサインを使え!」
彼が頭を回し、横目で彼女を見据える。敵機を跳ね飛ばし、腰に据え付けられた二十ミリリボルバーカノンで灰色の機体を追い払う。
ナギはその隙を見逃さず、その敵機をロックオンし、翼に搭載されたミサイルポッドから六発のミサイルを発射した。
煙を伸ばし、音速を越える速度で飛翔するそれは目標の敵機を追いかけまわし、灰色の機体はたまらずフレアを焚き上げる。
その直後、ザイツの背部ブースターが炎上する。彼は前に押し出された様に態勢を崩し、エンジンを失った彼はゆらゆらと力なく落下する。
「ヴァルチャースリー!」
『ヴァルチャーツー……! 敵のスナイパーだ! 逃げろ!』
ナギは彼が撃たれた方向へ身体を回す。後方から赤い光が伸びて来るのが見えた。シェラが使用しているものと同じ、長距離狙撃用のレーザーライフルだ。
彼女は咄嗟に左へ避ける。だが、レーザーは右に搭載されたミサイルポッドを撃ち抜き、中に収められたミサイルが誘爆。右もぎ取られ、彼女は錐もみ状態になって墜落する。
何とか態勢を立て直し、メインブースターを点火。片翼を失ってふらつきながら飛行を再開する。
敵のスナイパーはまだ彼女を狙っている様で、目視出来ない地点から赤色のレーザーが立て続けに彼女に襲い掛かる。
〈ヴァルチャーワンからヴァルチャーツーヘ! 戦況報告を!〉
シェラの声だ。ナギは藁にも縋る思いでブレスレットに応答する。
「ヴァルチャースリー墜落! 私ももう持ちそうに無い!」
〈すぐに向かう! それまで――しまった!〉
ブレスレットから爆発音が響き、レーナの悲鳴が聞こえた。
〈ヴァルチャーファイブ撃墜……! 待て、カイエ! 行くんじゃない!〉
シェラの叫び声がブレスレットから響く。どうやら、墜落したレーナをカイエが助けに行ったようだ。
(アレを使うしか……)
ナギは覚悟を決め、ブレスレットに言い放つ。
「エンブレスからヴァルチャーワン。ドライブシステムを使います!」
〈ナギ! よせ! 体が持たない!〉
「それでも!」
ナギはそれだけ言い、そしてAIに告げる。
「ドライブシステム、起動!」
そう言った瞬間、彼女が纏ったアーマーが赤く発光し、黄色いはずの右目が赤く染まる。エンジンのリミッターが解除され、ブースターから伸びる炎がより荒々しい形へと変わる。
しかし――。
〈システム起動を承認できません。全システムを一時シャットダウンします〉
「そんな!」
エンジンが緊急停止し、揚力を失った彼女の身体はゆっくりと落下を開始する。その瞬間、遠方から放たれた赤いレーザーが、彼女の背部ブースターを撃ち抜いた。
彼女は地面に叩きつけられ、翼を奪われたワルキューレに灰色の機体が迫って来るのが見えた。
〈――ヴァルチャーワンから全機へ。わが隊は条約にしたがって降伏する。全機、無駄な抵抗はするな――〉
ブレスレットから聞こえたシェラの声は、悔しさに震えていた。
「うるせぇな……」
レインがボロボロの兵員輸送車の中で眼を覚ましたのは、後部ハッチが乱暴に叩かれる音が彼の耳を突き破ろうとしたからだ。
彼は床に手を突き、ゆっくりと起き上がる。目の前の光景は炎に包まれていた。燃え盛る運転席部分は見事に破壊され、かつてそこに座っていた二人の生死は確認するでもない。
後部ハッチの向こうに居るのは、クウェル帝国の地上部隊だろう。ヒンジが曲がって開かないドアを、無理やり内側へ突き開けようとしているのだろうか。
「よぉし。ビビるなよ、上等兵曹長」
レインはそのドアに向き直り、身体の関節を動かしながら呟く。手首に掛けられた手錠は、爆発の衝撃で中央の鎖が千切れたようだ。
「まだクビになってから三日も経って無ぇ。体はまだなまって無いはずだ」
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