第19話・雪上の奇襲④

 レインが頭を拭き終えると、白黒コンビの二人は彼の両腿を枕代わりにしてスヤスヤと寝息を立て始めた。いくら子供の頭だからと言って、重いものが乗っているのは事実。皮膚が圧迫され、血液が上手く流れていないのを感じた。


(痺れが出る前に起きてくれるといいが……)


 希望的観測を胸の中で独り言ちるが、大抵それは叶わぬ夢に帰す事を彼は軍隊で得た経験として学んでいる。ゆっくりと息を吐くと、彼は手足を放り出して眠るカイエの上に丸まっていた、くしゃくしゃの黒い外套を広げ、彼女に掛け直した。


「懐かれてるな」


 正面の席に寝転ぶシェラが眼を閉じたまま、突然口を開いた。


「懐かれてると言うか、舐められているような」

「確かに、そうかもな」


 彼女は小さく鼻で笑い、言う。


「本当は大人しい二人なんだが」

(どこがだよ)


 目を開けて、天井を眺めながら発せられた言葉にレインは胸の内で反駁する。それから彼はふと思い出したように、砲塔のハッチへ続く梯子に目をやった。


「ナギが気になる?」


 そんな彼の様子を見て、シェラがいたずらっぽく言った。


「うん? まぁ、少し」

「ほう? 中々素直だな。てっきり顔を真っ赤にして否定してくるかと思ったんだが」

「どうして?」


 座席に寝転んだままシェラはレインに横目を向ける。しかし、その何か言いたげな視線から言葉が発せられることは無く、視線を受けたレインは参ったように首を傾げた。


「……まぁ、何でもいいさ」


 シェラが呟くように言う。それから、彼女はポツポツと語り出した。


「彼女は貴族の家の出身なんだ」

「御令嬢って訳か」

「そうだ。別の家から引き取られた」

「そんな子がどうして戦場に?」

「……ウチらの軍は人員不足でな」


 彼女はレインの脚を枕代わりにして眠る二人に目を向け、言う。


「戦える人間は駆り出されることになってるんだ」

「……この子たちも、そういう事か」


 レインは眼下の二人を見下ろして、言った。


「あぁ。一家に付き、最低一人」


 シェラの表情が少し曇り、ため息交じりに言う。


「ナギが引き取られた理由は、それだ」


 レインは口を噤む。


「ナギ・エデルガルド・フォン・リットナ―。リットナー一族には、元々

三人の娘が要るんだが、頭首がその三人を戦地へ送る事に難色を示した。だから急遽、他の力のない貴族から養子を迎える事にしたんだとか」


 溜息を付き、レインは口を開く。


「あまり気分のいい話じゃないな」

「あぁ、全く」


 

 

 暫く車内を覆っていた暗い沈黙を引き剥がしたのは、兵員輸送車の心臓、八気筒ディーゼルエンジンの咆哮だった。唸る肉食獣の様な轟音が車内に響き渡り、車両後方が沈み込む。

 

 レインの上体が慣性に乗って右へ振られ、地面の轍を乗り上げる振動が非常に不快な物へと変わった。前部座座っているガルタ公国軍兵士二人が何やら声を張り上げて言い合っているが、ロードノイズがうるさく、会話の内容までを聞き取る事は出来ない。


『――ェラ! シェラ! 聞こえるか!?』


 シェラの右腕に填められたブレスレットから、ノイズの混じったザラザラな声が響いた。口調や声質から、ザイツだろうとレインは判断する。


 シェラはブレスレットを口元へ持って行き、纏う空気を軍人のそれに挿げ替えて声を張り上げた。


「どうした!?」

『三時方向! クゥエルの奇襲だ!』

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る