第16話・雪上の奇襲①

「おい、起きろ俗物」


 ナギに空に連れ去られた後、レインは元々押し込められていた薄暗い船室へ戻った。

 少し眠った後、目覚まし代わりに掛けられた言葉がこれだ。


「……んぁ?」

 

 寝ぼけた頭で声の主へ返す。船室の扉は開け放たれていて、廊下を照らす蛍光灯の光が目を射した。


 威圧的に腕を組み、偉そうな目つきで彼を見下ろす緑髪の少年の姿があった。


 ザイツだ。レインは目を擦りながら、上体を起こす。


「何だ?」

「船を降りる。早く起きろ」

「船を? どうして?」


 レインがまだエンジンの掛かっていない頭で言うと、ザイツは溜息を付き、言った。


「港に到着したからに決まってるだろ。ほら、さっさと出ろ!」




 ザイツに連れられて、レインは空母の乗降口へ出た。


「寒っ!」

 

 彼の目の前には白銀の世界が一面に広がっていて、空からは白い雪がホロホロと降り注いでいる。大気は氷が飽和したかのように冷たく、時折吹くそよ風すら剃刀の刃を思わせる冷気を孕んでいた。


 ザイツはガルタ公国軍の制服の上に黒い戦闘用外套、所謂トレンチコートに腕を通していて、前のボタンは留められていない。しかし、レインのヘンリーネックにジーンズという軽装に比べれば、極寒のこの地に適した格好と言えるだろう。


「ちょっと、コート寄越せ」

「触るな!」


 トレンチコートに伸びたレインの腕を、ザイツは右手で跳ね退ける。まるで飛んで来た蠅を払い退けるような仕草だった。


「寒いって! 凍え死んじまう!」 

「貴様、それでも軍人か!? 情けない!」

「お前、ご丁寧にコート着てんじゃねぇか!」

「これは我がガルタ公国軍の制服だ! 貴様の様な俗物が触れていいものでは無い!」

「それならそれで別の上着寄越せってんだよ!」


 ザイツは肩を怒らせながら鼻から息を噴射し、空母の中へ戻っていく。暫くして昇降口へ戻って来ると、その手には緑色のミリタリージャケットが握られていた。

 彼が今着ているような、一目で軍服と分かるような堅苦しいものでは無く、どちらかと言うと実戦的で、動きやすそうな見た目のジャケットだ。


「なら、これでも着てろ!」


 レインにそれを投げつけると、ザイツは腕を組んで乗降口を降りて行く。


「ソイツはどうも!」


 レインはその背中に言い放ち、渡されたミリタリージャケットに腕を通す。胸に二つ、腰に二つポケットが付いていて、肩にショルダーストラップが付いたデザインのジャケットだ。


 彼は腰のポケットに冷える手を突っ込んで、昇降口を降りた。


 降りた先の港には軍用のトラックや装甲車両が何台か列を成しており、既にエンジンは点火されている様で、幾重にも重なったディーゼルエンジンのエキゾーストノートが港を騒がしている。


「やぁ」


 乗降口を降りた先にいたシェラがレインに言った。ザイツは装甲車に乗り込む最中で、分厚い扉の向こうへ消える彼の背中が見えた。


「あぁ、おはよう」

「……それ、着るのか?」


 彼女がレインの上着を指差しながら言う。


「ザイツに渡された」

「あぁ……」

「何かあるのか?」


 シェラが憐れむ様に彼から視線を外して言う。


「それ、墜落したパイロットが来てたやつ」


 レインが溜息を付き、言う。


「う~わ、縁起悪っ」

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