第13話・ムーンナイト・クルーズ⑤
重い鉄扉が嫌な音を立てて開き、飛行甲板を吹き抜けた風がシェラのセミロングの金髪を揺らした。彼女に背負われているカイエは、既に鼻提灯を膨らませて眠っている。
少し遅れて、彼女の後からレインも外へ出た。背負ったレーナは眠ってこそいないが、彼の頭の上に両腕を交差させ、その上に顎を乗せている。
さながら、退屈な授業を夢想でやり過ごす学生の様な態勢だ。
「首が重い」
甲板に上がったレインが開口一番に言った。しかし、レーナの反応は無く、気だるげなジト目をずっと前に向けているだけだ。
冷たい夜気を含んだ海風が彼等の頬を撫でていた。
その時、耳を刺すような高音が夜空に響いた。その音はどんどんと彼らの居る飛行甲板へ近づいて来る。
頭上から発せられたその音に、シェラとレインは顔を上げる。
「おっ、帰って来たな」
背負ったカイエの腰を器用に片腕で支えながら、シェラは右手で目を覆う。空からもたらされる暴風に巻き上げられた塵が眼に入らないようにだ。
「アレは?」
シェラの少し後ろに移動していたレインが言った。
「ナギだ」
「ナギ?」
シェラの答えを聞き返し、レインは飛行甲板の先に着陸したワルキューレに目を凝らす。
月明かりに照らされた、青みがかった長い黒髪が夜風に揺れ、黄色い右目と碧眼の左目が怪しく闇に光った。
「あぁ」
レインは納得したように言う。昼過ぎに、彼が海から引き上げた、あの少女だ。
「ナギ・エデルガルド・フォン・リットナー」
彼女の方へ目を向けたまま、シェラは言った。
「うちのエースさ」
「それじゃ、後は二人で」
「え?」
シェラが無慈悲に言い放ち、レインとすれ違う。頭に乗ったレーナは困惑する彼にお構いなく甲板に降り立ち、シェラの後を追った。
「ちょっと待て――」
レインがシェラの方へ振り返った時には既に鉄扉は閉め切られていて、彼は扉を開こうと取っ手を引っ張ったが、扉はビクともしなかった。
鍵を閉められたようだ。
「……マジかよ」
甲板に出た所でする事も無いので、締め出された彼は後ろを振り返って、別の出入り口を探すことにする。
「どうしたの?」
頭上から上がった声に、レインは頭を上げた。
ナギ。例の少女の声だった。
身長はレインより小さかったはずだが、ワルキューレアーマーを装着した彼女の顔は、レインの二回りほど上にある。
「……締め出された」
うまい言い訳を考えて頭を捻って見たものの、特にいいセリフが見つからず、レインは正直に言った。
「シェラ?」
「当たり」
ナギは月光に照らされる顔を綻ばせる。
レインは溜息を付き、言った。
「あー、どっかに別の出入り口があればいいんだが……」
「残念。無いよ」
ナギが楽し気に言い、少し間を置いて続けた。
「……飛んでみる?」
「どうやって?」
レインが問うと、彼女は背中のメインブースターを指差す。
「悪い、俺は全然センス無いみたいで」
「計ったんだ」
「あぁ」
「いくつ?」
彼はナギから視線を外し、言う。
「……ゼロ」
「ゼロ!?」
「不甲斐無くて仕方がない」
レインが言うと、ナギは口を覆ってクククと笑い、そして言った。
「でも、大丈夫」
「え?」
彼女はレインに向かって手を差し出す。レインが恐る恐るその手を取ると、彼の手を強く引き、レインの胴体に後ろから両手を回した。
「ちょっと――」
ちょっと待て。
レインがそう言い終わる前に、ナギはメインブースターを点火させ、二人を夜空へと打ち上げた。
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