第11話・ムーンナイト・クルーズ③
「ったく、ヒドい目に遭った」
レインはボサボサになった髪を手で梳きながら言った。
船内を進み、階段を上った先。そこには戦闘機や攻撃ヘリ、ワルキューレアーマーが格納されていて、野戦服に身を包んだ何十人という屈強な男達が工具を手に走り回っていた。
どうやらここは空母のようだ。
レインは格納庫を見下ろせる吹き抜けにいて、建てつけられた柵に身を預けている。その少し横には同じ柵に背中を預けたシェラの姿があり、吹き抜けの通路を塞ぐようにして、レーナとカイエが立ち塞がっていた。
二人はふくれっ面をそっぽに向け、不機嫌そうに腕を組んでいる。レインの失言に腹を立てているようだ。
「で? 聞きたい事って?」
そんな二人をよそ眼に、シェラが言った。
「あぁ、そうだ」
思い出したようにレインが呟く。
「アンタ等は、どうして俺達の場所が分かったんだ?」
シェラの方に顔を向けてレインが言うと、彼女は右手に填めたブレスレットを彼に向けて掲げた。
「それは?」
それを指差して、レインが言った。
「発信機さ。部隊員は全員付けてる」
「なるほど。船室の見慣れない音はそれか」
「私のは親機でね。遠隔操作で部下たちのGPSをオンに出来る」
自分の手に填めたそれを眺めながら、シェラは言う。
「お互いの位置が何時でも分かる様になってるんだ。子機から親機の場所も分かる」
寂しげな顔でブレスレットを見つめるシェラを見て、レインが口を開く。
「随分と湿っぽいな」
鼻を鳴らし、彼女は言った。
「昔、部下を失ったことがあってね」
天井を仰ぎ、シェラは続ける。
「不時着して、生きているのは分かってたんだが、敵の追跡が激しくて捜索する時間が取れなかった」
少し間をおいて、言った。
「置き去りにしたんだ、彼女を。それから、これを導入することにした」
レインは視線を眼下の格納庫へ移し、言った。
「……嫌な事聞いたな」
「いいさ、気にしないでくれ。正直何でこんな事を話そうと思ったのかもわからない」
レーナとカイエが、心配そうな表情でシェラを見上げている。
「……シェラ?」
彼女が羽織っていたコートの裾を掴み、カイエが弱弱しく声を上げた。
シェラが二人の方に目をやり、優しく微笑んでから二人を抱きしめる。
「なぁに、心配要らないよ」
「シェラ! 痛いぞ!」
「……くるしい」
カイエが声を上げ、レーナが潰れた声を押し出す。
「……む」
そう呟いたのは、格納庫を見下ろしたレインだった。
シェラは二人を放し、立ちあがって彼の方を向く。
「どうしたんだ?」
レインは下を指差して、言った。
「ザイツ」
「あぁ……」
レインが指差した方へ、彼女の視線が向く。
ザイツが格納庫の中を歩いていた。
地面に置かれていた小ぶりな戦闘機のような形の鉄の塊へ掌を置くと、その鉄塊は一瞬で胴体が開いたような形状の人型へと変形し、彼はそこに滑り込む様に乗り込んだ。
腕部から指先までを包む装甲に腕を通し、脚部装甲に足を入れる。背中のメインブースターと前面に回る脚部装甲がザイツの身体を挟み込み、各装甲のロックが掛かる。
飛行準備完了だ。
「手でも振ってみたらどうだい?」
「あんまり歓迎される気はしないけど」
シェラの提案通り、レインは吹き抜けから彼に手を振った。
ザイツは彼の方を見ると、レインの予想通り舌打ちと煩わしい表情で出迎えた。それから何かを思いついた様に眉を動かすと、メインブースターを点火して、格納庫内に浮遊する。
その状態でレインのすぐ前にまで迫った。
「……え?」
レインがマヌケな声を上げる。
ザイツは脚部のサブブースターを点火して、レインの前でクルっと後ろを向いた。その状態でメインブースターの出力を上昇させ、強烈な加速力を得る。戦闘機を飛行甲板に上げるための船側エレベーターへ続く空母側面の穴から、夜の海原へと発進した。
レインの方はと言うと、ジェットエンジンが発生させる強力な反作用に生身の人間が対抗できる訳も無く、後方へと吹き飛ばされ、後ろにあった小さな船倉の扉を突き破って、その中に山のように積まれていた段ボールの山へと突進する。
「……大丈夫か?」
シェラと白黒コンビの三人の顔が開け放たれた扉から覗き込む。
レインは段ボールの山に情けなく身を預けたまま、言った。
「……さっきからロクな目に遭ってねぇ気がする」
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