第9話・ムーンナイト・クルーズ①

 叫び声を上げながらレインが眼を覚ますと、目の前には薄暗い闇が広がっていた。何処か狭い部屋に入れられている様で、寝かされているベッドはゆっくりと揺れている。


 船の中だろうか?


 小窓も無く、天井に電灯も無い。目の端に映った鉄の扉。その隙間から漏れ出てくるわずかな灯りだけが部屋の中を照らしている。


 照らしている、という程の光度も無いが。


 レインはベッドから立ち上がり、その鉄の扉のノブに手を掛けた。

 それを回し、押す。

 ガタッ、と掛けられた鍵が音を発し、扉はビクともしなかった。

 

 レインが舌打ちする。その直後、扉の向こうから鼻で笑う声が聞こえた。


「誰か居るのか?」


 レインが言うと、扉の向こうに居た者は嘲笑混じりに答える。


「無様だな」


 男の声だ。レインは扉から右に移動し、壁に背を預けて床に胡坐を掻いた。


「もやし野郎か」

「何とでも言え」

「ここ何処?」


 もやし野郎は答えない。


「俺達が乗ってた船は? どうなった?」


 またも彼は答えなかった。レインは溜息を付き、言った。


「お喋りは嫌いか?」

「俗物と話す口は持たん」


 レインは鼻を鳴らし、言った。


「あっそ」


 少し沈黙があり、サイレンが鳴り響く。


「シェラ! 何やって――」

「良いじゃないか、別に彼は敵じゃないんだ」


 緑髪の少年の糾弾を遮って、例のクールな声が響く。鉄の扉が開く音が聞こえ、レインはそっちへ顔を向けた。


「やぁ」


 金髪泣きボクロの彼女は、鉄の扉に身を預けながら言った。ワルキューレアーマーを装着する際に着込むぴっちりとしたボディースーツの上に、長い軍用のコートを羽織っていて、迷彩柄のカーゴパンツとタクティカルブーツを履いている。


「モーニングコール?」

「まぁ、そんなとこだ」


 レインは立ち上がる。百七十センチメートルに届くか届かないか位の身長の彼と目線が同じだったので、女性にしては高い方だろうか?


 ただ、八一一空挺部隊の中で行くと、レインは十分にチビの部類に入る。入隊当初は随分とそれで揶揄われたものだが、それももう昔の話だ。


「シェラ・メトセリュード」


 彼女はそう言って、レインの方へ手を伸ばした。


「アンタの名前か?」

「そう、宜しく」


 レインがその手を取り、言った。


「俺は――」

「レイネス・フォーミュラ上等兵曹長」


 シェラ。そう名乗った彼女は眉を動かし、続ける。

 

「当たり?」


 レインは小さく笑い、言う。


「当たり。俺のファン?」

「さぁ? どうだろうね?」

「追っかけはごめんだぜ?」


 シェラが笑い、レインが続ける。


「どうやって俺の名前を?」

「ハッキングを掛けた」

「軍のデータベースに?」

「そう」

 

 レインが溜息を付き、左右に頭を振りながら言った。


「確かに」


 シェラがそう言うと、鉄の扉の外を指差しながら言う。


「出るかい?」


 レインが肩を竦め、言った。


「そうしよう」


 

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