第8話・船上でのひと時⑦
「来るって、何が?」
レインは小窓に顔を寄せて言った。
「危ない!」
その途端、少女が叫び、レインをベッドの下へ押し倒す。
直後、突然飛来した鉄の杭が船室の小窓を突き破った。三本の爪を内部から展開し、窓枠に食らいつく。
ガラスが弾け飛び、レインはとっさに少女を庇う。鋭利な破片が彼の右腕を引っ掻き、浅く切れた傷口から細い血が滴った。
「何だ!?」
窓枠の鉄杭に目を向けながら、レインは叫ぶ。
鉄杭が上に引き上げられるように動いた。メキメキと言う不快な音を響かせながら、凄まじい力で船室の屋根を引き剥がす。
赤い空、燃え盛る太陽を背にしてそこに現れたのは、先程の紫の部隊であろうワルキューレの一人だった。鉄杭から伸びた太いワイヤーが左腕のランチャーに伸びていて、右手には反身のブレードが握られている。
「ヴァルチャースリーからヴァルチャーワンへ。エンブレスを確認」
レインの視線の先を浮遊するワルキューレは、そう淡々と無線機に告げる。女性にしては随分と低い声だが、男性にしては高い声の部類に入る。
「男……?」
レインがそう呟いたのは、その声の主が随分と男性的な身体つきをしていると思ったからだ。肩回りや腰つきが幾分がっしりとしていて、喉にはうっすらと突起物が見える。おそらく喉仏だろう。
短い緑髪が風に揺れ、そのワルキューレはレインを見下ろす。
そして、苛立たし気に舌を打った。
「ヴァルチャーワン了解。すぐに到着する。エンブレスの保護を」
「了解」
無線機に返された声に素っ気なく返すと、緑髪の彼は下降し、レインにブレードを向ける。
高周波ブレード。
ワルキューレ同士の白兵戦用に開発された大型のブレードで、固い装甲を切り裂くために、絶えず人の目に捉えられないほど小刻みに振動している。
そんなもので人体を切ろうものなら、ひとたまりも無い。
「彼女から離れろ! 俗物!」
溌溂とした声がレインに向けて飛んだ。頭に掛けられたゴーグルのせいで目は見えないものの、怒気を孕んだその声から十分に迫力は伝わってくる。
「ザイツ! 待って!」
「エンブレス! 作戦行動中だ! コールサインを使え!」
身を起こした少女が、レインに剣を向けた状態の緑髪に向かって言い、彼はそれを跳ねつける様に答えた。
「オーケー、分かった。落ち着け」
レインは両腕をあげ、降参する形で後ずさった。
生身の人間対空の最終兵器。結果は火を見るより明らかだ。
もう一機、太陽を背にして飛んで来るのが見えた。背中に背負ったエネルギータンクから伸びたケーブルが、手に携えたレーザーライフルへ繋がっている。
カークが大興奮していた、あの金髪泣きボクロの彼女だ。
「すまない、遅れた」
クールな声。そう筆舌するに値する声で、彼女は言った。
「レイン! 無事か!」
名前を呼ばれた彼の背中から張り上げられた声は、カークの物だった。その声に振り返ったレインは突如襟首を引かれ、下顎をなぞるようにブレードを向けられる。
「武器を捨てろ!」
緑髪の声だ。
レインはすっ飛んできたカークの方を見る。手には801空挺部隊の正式採用拳銃、P226が握られている。
「カークよせ! そいつじゃ無理だ!」
カークは陽気を装って笑い、言う。
「心配すんな! マックスが今ロケット砲を持って来る!」
「……おい待て! 俺事吹っ飛ばすつもりか!?」
「大丈夫! アイツのランチャーの腕は部隊一だったろ!?」
「腕の問題じゃなくて構造の問題なんだよ!」
「……祈れ! 天国へ行けるように!」
「化けて出てやるからな! 覚えてろよ!」
嘲笑がレインの頭上で上がる。つまり緑髪の彼だ。
「馬鹿どもの会話は耳が腐る」
カークがそう言った彼の方を向き、言った。
「何だぁ? もやし野郎が! レイン、とっととソイツやっつけちまえ!」
「無茶苦茶言うんじゃねぇ!」
レインが叫ぶと、緑髪のワルキューレ、カーク曰くもやし野郎が名付け主にブレードの先を向ける。
「何だと! 貴様、今なんと――」
「ヴァルチャースリー」
クールな声が、ぴしゃりと言った。彼女の腕にはいつの間にか、例のオッドアイの少女が抱きかかえられている。
「エンブレスは回収した。時間が無い、帰還するぞ」
もやし野郎がカークに向けたブレードを怒りでプルプルと震えさせながら、噛み潰した声で言う。
「……了解」
彼はレインの胴体に腕を回す。
「おい、何を――」
「我々を追うな。コイツは人質だ」
「なっ! ちょっと待――」
レインが言い終わる前に、もやし野郎がメインブースターを点火して急上昇する。対Gスーツも着用せず空に打ち上げられた彼が意識を保っていられるはずも無く、数秒でブラックアウトを起こし、彼は空中で気絶した。
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