第7話・船上でのひと時⑥

  暫くして太陽が傾き、空が赤く染まる。空戦を繰り広げていた二部隊はもう姿を現さなかった。

 

 聞こえるのは、時折強く吹く海風が船体を擦る音だけだ。


 甲板には大きな穴が開いたままだが、修理しようにも周りは海。取り敢えず船倉にあった木板を穴の上に乗せ、四隅に釘を打って穴を塞いでいる状態だ。幸い船底に弾丸は届いていなかったらしく、航行には何ら問題が無いらしい。


 始めは船員がその応急的な修繕作業に当たっていたが、人手不足という事で、八一一空挺部隊の隊員もその作業に駆り出されることになった。

 もちろん、レインもだ。


 作業が終わった後、マックスとカークはそれぞれの船室に戻って行った。船に持ち込んでいたゲームや、読む時間を取れなかった漫画をこの機会に消化するのだそうだ。


 二人と別れた後、レインは暫く甲板に残り、柵に身を預け空を眺めていた。特にすることが無かったから、ゆっくりしていただけだ。


 やがて彼は身を思い立ったように身を起こす。


「寒っ」


 夜に近づくにつれ、どんどんと気温は低くなる。加えて海風が彼の身体から体温を容赦なく奪い取って行く。

 レインはそう呟くと身を縮こまらせ、肩を摩りながら船室へと戻って行った。




 船室のドアを開けると、例の少女がベッドに横向きで倒れているのが見えた。規則的に上下する肩を見るに、ただ眠っているだけのようだ。


 入り口近くに置かれていた、自身のスーツケースの上に置かれた紙皿に、レインは目をやる。上に乗っていたはずのレンガブロックの様な肉はおろか、山のように盛られていた野菜類すら跡形も無く消えていた。


(あの量を?)


 レインは心の中で呟く。紙皿を掴んで握りつぶし、船室の端に置かれていたゴミ箱に捨てた。


「さて、どうしたもんかね」


 彼は小声で独り言ちる。寒くなったので仮眠を取るつもりで船室に戻って来たのだが、彼のベッドの上には先客がいた。

 

 船室の小窓から差し込んだ陽光が彼女の頬と、少し青みがかった長い髪を照らしている。随分と気持ちよさそうな寝顔だ。


(起こすのも悪いか)


 そう思い立ち、レインは彼女の足元で丸まっていたブランケットを広げ、彼女の肩辺りまで引き上げた。それから自分はベッドの手前にあるデスクの前に置かれていたリクライニングチェアーに腰を下ろし、組んだ手を後頭部に持って行く。


「……あり……がとう」


 蚊の鳴くような声が船室に響いた。


 レインは反射的に声のした方へ視線を持って行く。ベットに寝そべったままの少女が開いた目をレインの方へ向けていた。

 右目が黄色く、左目が碧眼のオッドアイだ。


「……て、伝えておいてくれますか? あの大きな……人に」


 レインは一瞬硬直し、返事が遅れる。


「あ、あぁ」


 気を取り直し、続けた。


「起こした?」

「いや、そういう訳じゃ……」


 気まずい空気が流れ、レインがそれをかき消すように口を開く。


「何かいるなら言ってくれ。あー、水とか、何か……」


 次の言葉が見つからず、彼がしどろもどろしていると、意を決したように少女が口を開いた。


「……枕」


 レインから目を逸らすように顔をうずめながら、彼女は言う。


「……少し臭う」

「あぁ……」


 船旅の始まりは昨日の夕方。一度眠って、枕カバーを変えていないことをレインは思い出した。


「……悪い」


 彼は頭を抱えながら言う。が、返事は帰ってこなかった。


 その時、聞き覚えの無い電子音が鳴る。ピコン、と言うようなその音共に少女はベッドから身を起こし、船室の小窓を覗き込んだ。


「どうした?」


 レインが椅子に座ったまま言うと、彼女は視線を窓の外に向けたまま、答える。


「……来る」


 


 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る