第6話・船上でのひと時⑤

「で? どんな様子よ?」

 

 カークがシャワー室から出てきたレインに言った。彼は下に新しいジーンズをはいただけの半裸の状態で、首から下げたタオルで頭を拭いている。

 船体の柵に引っ掛けられていた、飛び込む前に脱ぎ捨てた灰色のヘンリーネックを手に取りながら、レインは言った。


「ベットの上で丸まってる。口も聞いちゃくれない」


 カークが掛けた縄梯子で船上へ上がった後、レインは船の乗組員だった女性に引き上げた少女を任せることにした。

 彼女が少女を連れて女性用のシャワー室へ入って行ったのはいいものの、船室が足りないとのことで、少女は今、レインの船室に預けられている。


 船員の女性はよく面倒を見てくれたようで、少女の服は海水に濡れたボディスーツから、清潔なシャツとチノパンに変わっていた。


「あの子、どうなるんだ?」

「さぁ? 大陸に到着してからだろうな。港にはもう連絡は付いてるはずだ」


 レインはそう言って、ヘンリーネックに首を通す。袖から腕を出して、首元に沈んだタオルを引き抜いて、さっと頭を拭いた後、タオルをシャワー室の脱衣所に置いてあった洗濯機の中へ放り込んだ。


「捕虜ってとこか?」

「ここは公海、別に領空侵犯って訳じゃない。それにあの子の国とは近々同盟を結ぶ予定らしいから、数日拘束された後、祖国に送り返される。そんなとこかな。」

「でも、船にでけぇ穴開けたぜ?」

「あれは彼女の部隊じゃない。灰色のボディーカラーを見るに、クゥエルの部隊かな」


 クゥエル帝国。


 レイン達のリーザ共和国の隣に位置する巨大帝国の国名だった。ここ数年で周辺国を幾つも取り込み、勢力を拡大し続けている。


 リーザ共和国がガルタ公国と同盟を結ぶきっかけとなった国だ。

 

 ちなみに、ガルタ公国はクゥエル帝国から見て、リーザ共和国を挟んだ西に位置している。


「うーわ、嫌なところに喧嘩売られたぜ」

「まぁ、政府が買うかどうかだが、死にかけたんだ、いい思いはしない」

「ウチの政府、弱腰ぃ~」

「今に始まった事じゃない」


 二人は柵に腰掛けながら小さく笑う。


「よう、お前等」


 ガラの悪い声が聞こえた。マックスだ。

 彼は手に持った紙皿に適当な野菜を幾つかと、レンガブロックを思わせるような分厚いステーキを乗せている。


「お前、肉何枚持って来たんだ? そういやグリルは?」

 

 レインが言うと、マックスは胸を張り、誇るように言った。


「こんな事もあろうかと、もう一つグリルを持ち込んできてたのさ」

「あってたまるかよこんな事……まぁ、あったんだが」


 カークが鼻で笑い、マックスが持っていた皿を指差しながら、言った。


「それは?」

「あの子に」

「だってよ」


 そう言って、カークがレインの肩を小突く。レインは、やめとけ、という風に左手を振り、言った。


「飯を食える状態じゃない」

「バカ言え、空を飛んでりゃ腹は空く。ちゃんと腹ごしらえしねぇとな」

「死にかけた後に食うもんじゃねぇだろその肉」

「ちげぇねぇや」


 ガハハとガラ悪く高笑いをしながら、マックスは二人の前を通り過ぎて行く。


「あーあ、何も聞いてねぇよアイツ」

「そういう奴よ、アイツは」


 レインが言い、カークがマックスの後ろ姿を見ながら言った。


 

 

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