第5話・船上でのひと時④

水面に叩きつけられた痛みで、意識を失いかける。集中力を総動員して何とか意識を留め、自分が置かれた状況を整理する。

 

 全身が冷たい。

 寒い。


 背中のメインブースターを点火してみる。反応は無い。足のサブブースターを点火。こちらも動かない。


 その時になって、初めて息が出来ないことに気づく。体を捻り、腕を回し、水面の向こうに揺れる太陽の光を探す。

 

 脚部装甲や背中の翼が抵抗になって、うまく水中で動けない。余計な力を使わざるを得ない筋肉が、容赦なく体内に残った少ない酸素を奪い取って行く。


 やっとの思いで探し当てた陽光は暗い。

 自分の視界が、どんどんと狭まって行くことに気づく。


 必死に光の方向へ腕を掻くが、足や翼は身体を縛り付ける鎖と化し、海底へ彼女の身体を引きずり込んでいく。


(パージレバーは、何処だっけ?)


 まだ動く左腕で腰のあたりを探る。

 

 あった。


 レバーを握り、上へ引き上げる。固くて動かない。血中酸素を消耗しすぎた彼女の身体には、そのレバーを引き上げる力はもう無い。


 焦りが祟って、口から大きな水泡を吐き出してしまう。自分の身体が更に重くなるのを感じ、揺れる陽光へ必死に手を伸ばす。


 苦しい。助けて。


 決死の思いで絞り出した言葉は水泡に帰し、海原へ融ける。


 視界が狭くなっていく。ついに彼女は目を閉じる――。




 海に飛び込んだレインは、紫の彼女が墜落した地点へ水面を掻いた。着水の衝撃で広がった波の中心に到着し、息を吸って、水中へと潜る。


 目を開き、海中を探る。ぼやけた視界に塩水が染みた。


(いた!)


 レインは水を掻き、沈んでいく少女を追った。肺に蓄えた空気は十分ある。浮力が働いて、海水がレインの身体を上へ押し返す。

 

 空気を少し吐いて体を重くした。潜るスピードが上がり、水面へ向かって伸びていた少女の右手を掴む。


 腰のパージレバーを探り当て、そこに絡まっていた少女の左手を剥がし、右手でレバーを押し上げる。


(固ぇ! 何だこれ!?)


 男の彼でさえ、そのレバーは作動させられるものでは無かった。レインは水中で体勢を変え、そのレバーを右足で蹴り上げる。


 三回目の蹴りでようやくレバーが上がり切り、パージ機構が作動して、重い鎧は少女の身体を開放する。


 レインは彼女の背中側へ手を回し、水面へ上がろとする。が、彼女の身体は非常に重い。体内の空気濃度薄く、海水の浮力が得られないのだ。


(やむを得ないか……っ!)


 彼は少女を抱き寄せ、唇を重ね、彼女の肺に空気を送り込んだ。胸の辺りが隆起するのを確認し、それから水面方向へ水を蹴った。


 水面を突き破り、陽光が二人を照らす。


 レインに抱きかかえられた少女は、水面から上がった途端に息を吹き返し、彼の胸へ咳き込んだ。


 無事を確認したレインは船の方を向き、柵から身を乗り出していたマックスに叫ぶ。


「マックス!」


 ガラの悪い声が、レインの方へ帰って来る。大海を挟む対岸同士でも聞き取れるような大声だ。


「何だ!?」


 それに引けを取らないよう、レインも声を張り上げる。


「梯子を頼む!」


 彼がそう叫んだ時には、カークは既に梯子を求めて船中を駆け回っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る