第4話・船上でのひと時③

 空気を切る音が高周波となってレイン達の耳を引っ掻いた。 ロケットエンジンの轟音が長閑な空を突き崩す。


 赤外線誘導のミサイルだ。


 途端に、疎らに飛んでいたワルキューレ達の軌道が変わる。背部ジェットノズルからアフターバーナーが青く伸びた。


 ミサイルも軌道を変える。急上昇したワルキューレに誘導が行き、轟音を撒き散らしながら後を彼女の後を追う。


 カークの言っていた、金髪で泣きボクロの彼女だった。


 彼女は上昇した先で背部のメインブースターを切った。脚部装甲に搭載されたサブブースターを点火して空中で下を向き、飛んで来るミサイルと対峙する。両腕に携えた長距離狙撃用レーザーライフルを構え、ミサイルを撃ち抜いた。


 爆炎が上がり、衝撃波がレイン達の船を襲った。届いた爆発音が彼等の腹を揺らす。

 船上に居た男達全員が咄嗟に態勢を低くする。もはや職業病だ。


 カークが笑いながら声を上げる。


「イエァ! 懐かしいぜこの感じ!」


 どこか楽し気な彼に対し、レインは比較的冷静だ。


「言ってる場合か! 俺達は丸腰だぞ?」

「あれま。まぁいいや。軍隊やめたんだし、女の子撃ちたかねぇや」

「それはそうだが、そういう問題じゃねぇ!」


 空から破砕機が発するような音が鳴り、水面が丸く波打った。毎秒四千発を誇るアヴェンジャー機関砲が乱射され、流れ弾が船を襲った。

 甲板にデカい穴が幾つも開き、マックス達が囲んでいたバーベキューグリルが見事に破壊される。


 レインは床に伏せていたカークの襟首を掴み、自分の方へ引っ張った。その直後、彼がいた辺りに三十ミリの徹甲弾が襲い掛かり、甲板が抉られたように破壊される。

 彼らが身を預けていた柵が崩れ、海へ飛び込み放題になった。


 カークが着弾地点を振り返って、言った。


「危ねぇ! あれ食らってたらハチの巣だったぜ」

「ハチの巣どころかミンチだ! 跡形も残りゃしねぇ!」


 レインは船上を越えて行くワルキューレを仰ぎ見る。灰色の翼で、メインブースターのノズルは三本。最初に現れた紫の彼女達はノズルが二本だった。そこから推定するに、彼女達より強力なエンジンを積んでいるのだろう。


 灰色のワルキューレは三機編隊を組み、紫のワルキューレ達の後を追う。

 先頭の隊長らしきワルキューレがエンジンの出力を上げ、金髪泣きボクロの彼女を追った。肩から生えた主翼に吊り下げたミサイルポッドから八発ものミサイルを乱射する。


 誘導対象は泣きボクロの彼女の様だ。

 ミサイルは真っ直ぐに彼女の方へ飛んだ。腰に据え付けられていた迎撃用のリボルバーカノンで三基のミサイルを打ち落とすが、メインブースターを点火して急降下し、水面スレスレで体勢を変えた。

 彼女は海面を切り裂いて飛行する。回避機動に追いつけなかった先頭のミサイル二発が海面とキスをして爆散し、爆風で飛び散った海水がレイン達の船に降り注いだ。


 泣きボクロの彼女はフレアを焚きながら再び上昇し、レイン達の視界から消える。灰色の機体もそれを追って、船から遠ざかって行った。


 カークが立ちあがり、泣きボクロの彼女を口笛を吹いて見送りながら、声を張り上げる。


「ヒュー! 惚れたぜ姉さん!」


 呆れたように顔を左右に振りながら、レインはふらつく船体の上に立ちあがった。

 

「注意しろ! また来たぞ!」

 

 ガラの悪い大声を上げたのは、マックスだった。レインは彼の視線の先へ目を向ける。紫色の機体が船体に向かって飛んでいる。その後ろには灰色の機体が張り付いていた。


「マズい!」 

 

 レインが言った。

 

 直線的に飛ぶ紫の彼女に向かって、背後の灰色の機体が右腕にマウントされている六十五ミリカノン砲の銃口をを真っ直ぐ向けた。

 戦車の砲声を思わせる轟音が空間を揺らし、弾頭が前を飛ぶ紫のメインブースターを直撃する。


 紫の彼女の体勢が崩れ、若干青みがかった髪が広がる様に揺れた。背部から黒煙を上げ、海へ墜落する。

 

 灰色の機体は海面を撫でる様に旋回し、別の機体を探して彼方へ飛んで行った。


 レインが船の柵から身を乗り出して、紫の彼女が落ちた地点に目をやった。

 大きな波紋が水面を揺らし、水中から浮き上がって来た気泡が音を立てて破裂する。漏れたオイルがその辺りを黒く染めていた。


「浮き上がってこない……?」


 レインが呟くように言う。カークが彼と同じ所に目をやって、言った。


「そらそうだろうよ。ワルキューレアーマーだって鉄の塊なんだ。ほっときゃ沈む」

「パージ機構は?」

「なんだそれ?」

「戦闘機で言う脱出機構。彼女たちは、ああいう時に一瞬で装甲を外せるようになってるはず……」

「気絶してるのかも」


 カークが言い、レインは彼に顔を合わせた。

 

「呑気に言ってる場合か!」


 レインは着ていた灰色のヘンリーネックを脱ぎ、軍用のブーツを脱ぎ捨てた。


「おい、待て――」


 そして、カークの制止も聞かず、船の柵を越えて海へ飛び込んだ。



 

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