サイレント・ウォーズ
水原麻以
サイレント・ウォーズ
夏休み、田舎へやってきた棗が出会ったのは水色模様のワンピースをきた少女だった。彼女は言う。失くしたものをいっしょに探してほしいのだと……。
失くしたものを一緒に探すことになった
水色のワンピースを着た少女が二人、そこに立っていた。少女たちは何も語らなかった。言葉も失った棗と少女たちは何も言わずに、一人の少女を見つめていた。
ある晩、少女と交わった棗と少女はすぐに、少女の存在を知った。二人は少女を大切に思っていたからだ。少女もまた、同じ想いを受け取り、同じ道を辿っている。二人は不思議な縁で、心は通じ合っているのだ。もう、少女たちは、何も言わない。二人の関係は今も続いている。少女の中にある、たくさんの想いが二人の関係を、どう変えてしまうのか……。
そんな「つながり」のような関係である彼らの、これからの物語。彼らはどこへ向かうのだろうか。
棗は無言のまま思考を巡らせた。
最初の少女は「逸失物を共同探索して欲しい」と提案した。その後、棗も含めて全員が失語症を患った。もしかすると現在の状況こそが探し物そのものではないのか。しかし言葉は人間にとって必要不可欠だ。言語障害を願う者は皆無に等しい。
だが、少女は望んだ。無言の状態こそが健康だからだ。そして棗を巻き込んだ。目的は何だろう。
考えられる可能性は一つ。失語症の伝染だ。
そして少女たちは人間ではなく棗と違う世界からやってきた。
「失語症パンデミック?!」
おそらくそうだろう。だが気づいたときには棗は伝達手段を失っていた。
このままでは人類は
棗は人類を守らなければならない──。
「これまでを知りたい。自分は何だったか。何のためだったのか」
これまで、失語症が伝染すると、その人に多くの負担がかかった。棗と違ってそれは多くの時間と場所を越えていたのだ。たとえ、「言葉が通じない、心の声が聞き取れない」状態でも、それは「言葉として誰かに伝わるか」判断ができなければならない。だから「言葉」は必要不可欠になった。それを、一人の少女が壊してしまった。
そういった想いがこの「つながり」は起こさないだろうか。
自分がどのような「つながり」を得るのか……。
それは自分次第だ。
少女は「言葉」を伝えること。この意味は少女が「言葉」を共有する。
少女はその場所で「言葉」を紡いでいるのだ。
少女の言葉を、自分のものにする。
「自分は何なのか」
何をもって「自分」と呼ぶのか。
その想いが紡ぎ合う時。
自分たちは、互いの「言葉」を共有できる。
棗はそう結論した。
しかし言語の在庫は謎の感染症によって払拭した。
どんな言葉を紡げばよいのか。元ネタすら奪われた。
「落ち着いて…よく考えるのよ。棗。貴女に地球の存亡がかかってる」
そう胸の内で言い聞かせた。
そしてパッと閃いた。
棗はクロウメモドキ科の落葉高木だ。夏に入って芽が出るからナツメと呼ぶ。
母親は彼女にどんな想いや願いを託して命名したのだろうか。
ふと今は亡き笑顔が蘇る。
「なっちゃんはねぇ。おじいちゃんがつけたのよ。『
そうだった。小学校三年の頃に母は脳梗塞で寝たきりになった。父親はとっくに逃げていてヘルパーさんと交代で介護をした。「なっちゃんは名前にまけないでね」
母はそう言い遺した。
なつめ、夏目、棗。
自分にはまだ言葉がある。
残っている。
中学1年の時に女子の間で花言葉ブームが起こった。
棗もとうぜん自分の名前を調べた。
花言葉は「健康」「滋養」
だから病気なんかには負けられない。
棗が心で叫ぶと女どもの水玉ワンピースがふわりと揺れた。そのままドロリと溶けて異形をあらわした。
《そうだ。》
水玉模様がかあっと輝き、グルグルと回転して大きな一つの渦になった。
《そうだ。我々は…》
銀河の中心核から来た。老いた星々が凝縮し由緒ある文明が栄えている。
彼らは棗の心に語りかける。
我々は事前学習した。そして人類を呪縛している大きな伝承にたどり着いた。
かつて奢った人々は神の座に近づこうとした。天国に続く階段を建築しようとした。だが天罰を受けて工事は中断した。人々を一つにまとめていた共通言語は失われ、再建の試みもついえた。
人々が一致団結して神に歯向かうことはないと神は安堵した。
だが人々は自然言語処理という技術を発明した。言語の違いを人工知能が吸収し世界を一つにしようと企てている。
我々はこの伝承に利用価値を見出した。そして応用を考えた。
神々はなぜ失敗したのか。言葉を温存したからだ。抹殺すればよかった。
「残念だったわね。花言葉じゃなく他にも別称とか二つ名とか可視化されない名詞がたくさん潜んでいる」
棗は詰めの甘さをあげつらう。
するとエイリアンどもは豹変した。
《よし、合格だ。そこまで見抜いているならお前を代表格にしてやる》
ぱあっと世界が燃え上がった。棗も一瞬で意識だけの存在になる。
宇宙から言葉という言葉が降り注いでいる。
言い換えるならば大量の情報が地球を焼き焦がしている。
「なにをしたの?」
棗だった集合無意識はひるみ、恐れおののく。
《最初にいっただろう。失われたものを探して欲しいと。それは君だったのだよ》
空に明星が輝いている。エイリアンの情報源だ。明けの明星はルシファーとも称される。
「人間が天に接近しようとしたのは、そういうことだったの? 遭難したわたしをサルベージしようと?」
棗は出生の秘密に驚き、とまどい、まよい、なやんで、きっぱりと拒絶した。
《なにをする?》
《ことばなんかいらない》
二つの情報源が衝突し火球となった。それは宇宙を再加熱し時間発展を倒立させた。
そして、輪廻はめぐり、夏休み。
「おかあさんにあいたい…です」
棗は児童養護施設のスタッフに無理を承知でお願いした。
サンライズ出雲が明けの明星を追いかけている。
サイレント・ウォーズ 水原麻以 @maimizuhara
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