第4話ラウドマイノリティー~インコ編~

 動物かふぇの中でも声の大きさは随一、あたしはインコのバネッサ。あたしがよく喋るからか、お客さんもおしゃべり好きが多くて、言葉を教えてくれたり、よく遊んでくれる。


 お陰で人の言葉はよく分かるし、話すことだってできるのさ。


 長雨の季節になると、屋内施設であるここは大盛況だった。普段の倍の出入りに、あたしの喉もさすがに悲鳴を上げそうだけど、常連さんが来れば話は別さ。その中でも大好きな子がいるんだ。


 カランカラン、と扉のベルが揺れながら入ってきたのは、中学校に通っているというメグミだった。いつも入り口からあたしを見つけては飛んできて、学校での出来事や親友タマキとの面白おかしい話を聞かせてくれる。


 そんなメグミなのに、今日はしょぼんと萎んでいた。


「ドシタノ、ドシタノ」


 いつもとは逆。今日はあたしから飛んでいって肩に留まってあげた。さすがのあたしでもメグミの異変には気づけるさ。仲間達からはデリカシーがないとよく揶揄されるけどね。


「バネッサぁ……」


(濡れてる……)


 メグミの肩は濡れていた。お客さんみんなが傘を持ち込んでいる辺り、きっと外は大量の雨が降っているのだろう。あたしの足に触れた湿り気がメグミの心そのもののように感じられた。


「テンチョー、テンチョー!」


 あたしは眞島さんを呼びに行って、嘴でメグミの元まで引っ張っていくと、穏和な眞島さんが血相を変えてお店を行き来し、バスタオルを持ってくる。ばさりと被せられたメグミは驚いているが、こんな雨の日に体を濡らしていたら風邪を引いちゃう。


 店内が慌ただしくなり、周りのお客さんも何事だとざわつくが眞島さんがさっとメグミをバックヤードに連れていき事態の鎮静を図る。


「すみません……ご迷惑掛けました」


 萎れた声で眞島さんに謝るメグミだったが、対して気にしていないからと眞島さんは優しく体をさすっていた。


「普段と様子が違っていたけど、どうしたの?」


「ドシタノ、ドシタノ」


 メグミはしばらく目を泳がせながら言葉を探していたが、やがて重々しい口を開いて呟く。


「タマキと喧嘩しちゃったの……」


 潤んだ瞳にはみるみる涙が溜まり、溢れ落ちそうだった。あらタマキと? 珍しいね。あんなに仲の良い話を聞いていたから、喧嘩なんてしないものだと思っていたのに。


「そうなんだね。でもその様子だと、仲直りをすれば解決するようなものではないんだね」


 え? 喧嘩って「ごめんね」「いいよ」で解決するんじゃないの? 眞島さんどういうこと? あたしには分からないよ。


「うん……だって、あたし……」


 メグミの次の言葉は、あたしがこれまで聞いた言葉の中で一番の衝撃があった。


「もうすぐ引っ越しするの」


 ヒッコシ?


 眞島さんとメグミの話はこうだ。

 メグミはもうすぐ遠いところに引っ越すので、その話をタマキに打ち明けたらものすごく怒られたらしい。ずっと二人で叶える夢を約束し合っていたので、それはどうするのだ、と。


 メグミは何も答えられなかった。子どもの口約束だったのに、タマキは本気でその夢を目指していたのだと知ったのだ。


「私はタマキを裏切ったんだ……」


 あたしもどうしていいか分からない。引っ越すってことは、あたしもメグミに会えなくなるんでしょ?


「ヤダ、ヤダ」


 思わずあたしはメグミの周りを飛び回って声を張り上げていた。


「ヒッコシ、ヤダ!」


「バネッサ……」


 メグミが手を伸ばした先に留まると、彼女は指先で優しく撫でてくれた。ごめんね、と呟きながら。何がごめんなのよ、それならさっさとタマキとも仲直りしなさいな。


「もう、明後日には行くんだ」


(そんなに急に!?)


 しんと静まり返る室内に、あたしはいてもたってもいられなくなった。そもそもこんなしんみりした雰囲気嫌いなのよ! 何でおしゃべり好きが二人もいて、こんなにどんよりと重苦しいの。


 それであたし、メグミの頭を口先で小突いちゃった。


「いたたたたたた! バネッサ!?」


「メグミ、タマキ、ワラウ!!」

「ナクノ、ダメ!」


 あたしには騒ぐことしかできない。眞島さんみたいな気の利いたことは言えないし、ただのインコ《バネッサ》なの。だからさ、あたしの不器用な言葉を受け取ってよ。


 メグミは笑っているのが一番似合ってる。泣いているメグミなんて見たくない。何よりあたしが見たくないのよ。






 その後、落ち着いたメグミを見送ってからあたしは久しぶりに眞島さんに怒られてしまった。どんなことがあろうとも、お客さんを困らせるようなことは言ってはならない、と。


 だからだろう。メグミは結局その後姿を現さなかった。タマキと仲直りしたかも、本当に引っ越してしまったのかも真実は闇の中だ。


 そんな大問題を起こしたあたしの元に、半年ほど経ったある日、メグミから手紙が来ようとは思いもしなかった。眞島さんに読んで貰って知ったけれど、メグミはあの日のことを後悔していたのだという。何も言わずに出ていってごめんなさい、と手紙にはあったそうだ。それから勇気をくれてありがとう、とも。


 そしてもうひとつ。

 便箋とは別に一枚の写真が入っていた。


(これがメグミとタマキ……)


 そこには笑顔で顔を寄せ合う親友の姿が映っていた。

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